ハワイの歴史と文化

- 一度でも行った土地にはずっと関心が持続する質なのであろう、矢口祐人:「ハワイの歴史と文化−悲劇と誇りのモザイクの中で−」、中公新書、'02を店頭で見かけたとき、すぐに手が出た。
- 日本からの移民は明治元年から始まった。契約農民とは云え、待遇は奴隷同然で、鞭を持ったスペイン・ポルトガル系の白人監督が日に10時間をサトウキビ農場で扱き使う。農民は番号札を首から下げ、名前ではなく番号で識別される。与えられる住居はアンクル・トムに出てくる小屋そっくりで、プライバシーなど全然ない掘立小屋である。彼らは出身国別にグループ分けされた。一昨年の秋、沖縄の県立博物館に立ち寄ったとき、「ハワイの沖縄移民写真展」を見た。人種差別に苦しんだ日本移民のなかで、もう一段下に差別された沖縄移民ウチナーチュはもっと苦難の歴史を辿った。出身別化により労働者同士の団結は巧妙に妨害され、逆に競争意識を煽られた。日系は特に多かったので、労働争議は常に「日本政府による陰謀」だとする国際政治問題にすり替えられた。ストライキが成功したのは、二次大戦で7500人の日系二世部隊が2400人もの死傷者を出してヨーロッパ戦線から凱旋してからであった。多分死傷率3割以上はアメリカ軍史上最多のものであろう。この間80年。白人系でなかったための偏見と差別に対する苦しみは、想像に余りある。
- 戦時中ハワイの日系人は強制収容所送りを免れた。人口の4割をも占める日系人を全員収容所送りにすれば、社会が機能しなくなるからである。だが、教師、僧侶、ジャーナリストなどのインテリ階級は全員アメリカの内陸部にある強制収容所送りとなった。その数1500人という。ハワイには二次大戦終結寸前まで軍の戒厳令下に置かれた。民主主義の中断である。門限の時間が制定され、それを超すとたちまち警官に逮捕された。戦後準州から州に昇格し、州政治は勿論中央の政治にも日系が議員を送っている。戦前の被差別民が対等の地位を確立するに当たって、日系二世部隊の流した血の重さを思わざるを得ない。民衆基本の民主主義では、論理だけでは何も動かないことを、心に刻んで置かねばならない。
- B.サイクス:「イヴの七人の娘たち」、大野訳、ソニー・マガジンズ、'01には、ミトコンドリアDNAの追跡により、ポリネシア人の祖先が2-3万年ほど昔に、はるか台湾から長い航海に出、1500年前頃にハワイに到着したと証明されたと書かれている。本書には特に引用はないが、DNA解析による学説を踏襲しているように見える。クック船長がハワイを「発見」したとき、子孫は30万人ほどに増加していた。ハワイは終局はアメリカの帝国主義に呑み込まれてしまう(19世紀末)が、他の植民地化地域より幸いであったのは、カメハメハ大王によるハワイ統一(18世紀末)があり、一度は国際社会に認められたことであろう。カメハメハは卓越した軍事力統治力を発揮して、全諸島をハワイ王国に統一し、文武に洋才を取り入れて、明治維新に匹敵するような改革を行ったようだ。宗教の力もあるが、ユダヤ民族が過去の栄光の王国を心の糧にして、イスラエル建国に持ち込めたのは事実である。もっと長い、しかもよく似た迫害の歴史を持ちながら、ジプシー(ロマ族)には今日に至るまで求心力が働いていないように見えるのとよく対比される。ハワイ王国の史実は、先住民の今後に、有形無形のいい影響を与えるであろうと思われる。
- 王国は、白人植民者にまず経済実権を握られ、続いて政治の実権を奪われた。ハワイ先住民の復権を願う女王が、アメリカ軍を背景とする白人のクーデターで退位監禁させられる。アメリカの併合論には、日本帝国の脅威が有力な理由として喧伝されたという。細かく見れば異なる点も多いが、世界史の潮流の中にあったという意味では、10年余りのちの日本の朝鮮併合(1910)とよく似た事情である。ハワイ併合は日本に大いに参考にされたと思うし、その併合が逆に日本に危機感を与えたようにも思う。
- 帝国主義、植民地主義が世界に横行する中で、朝鮮併合がどんな位置付けになるかという視点での歴史解説が、あまり見られぬのはなぜだろう。私の持っている歴史書も、糟谷憲一:「朝鮮の近代」、山川出版、'96は丁寧に事実関係を追っている点で、また君島和彦他2名:「韓国」、梨の木舎、'95は実地見聞からの感覚的レポートを載せているという点で読ませる一般書である。しかし世界史の立場には触れようとしていない。後者は贖罪史観論者のようだ。日本帝国脅威論に対応するのは清国・帝政ロシア脅威論である。ハワイのは単なる観念論で、日本が別に陸海軍を派遣したわけではないが、朝鮮半島では実際に各国軍隊が覇権を巡って熱い戦争をやっている。清国は、宗主国の面目として韓国を外交上の属国扱いにする事に固執したことが混迷を深めた。歴史書ではないが、黒田勝弘:「韓国人の歴史観」、文春新書、'99はお勧めの1書である。何しろ著者の在韓期間が長い。今も多分産経新聞ソウル支局長である。韓国人の対外姿勢特に対日姿勢を、国際的に通用するものとしないものとはっきり区別して述べている。
- 戦後の日本は観光ハワイ州の最大得意先と言うところである。年に200万人以上がでかけ、1人が1日に300ドル以上落とす。ブームの火を付けた一つが安いパック・ツアーの開発であった。海外旅行自由化の'64年、7泊8日が35万3千円だったという。円の対ドル価格は、今は当時の3倍になった。時期によってまたツアーの内容によって様々だが、ドルベースでは'64年頃と価格はあまり変わらないようだ。余計なことだが、最近出掛けた家内の友人は「2度と行かぬ」と怒っている。テロ騒ぎで空港の審査が度外れに厳しくなり、旅行者の内股まで触って確かめるそうだ。
('02/08/02)