おススメ博物館


小泉成史:「おススメ博物館」、文春新書、'02を読んだ。博物館の案内書としては2冊目である。最初のは千葉県博物館協会編・刊:「ちばの博物館」、'94であった。この本は十分に活用させていただいた。表題の通り千葉県に限っているが、網羅的に記載された大小の博物館の中で、関心を惹いたもの殆どを訪問した。客観的な紹介で、先入観を与えないように、悪く云えば当たり障りのない表現法で、各博物館を記述していた。
「おススメ博物館」はその反対で、主観的に好き嫌いをはっきり打ち出した見学記である。記載50館の選択基準はまずはユニークさだそうだ。トナリが造ったからオレの村にもハコをという発想の博物館は、真っ先に紹介から外されたようだ。「ちばの博物館」を見れば一目瞭然だが、行政単位ごとに公立の博物館を造っていると言ってよいほど、ハコは多いのだから、当然かも知れない。東海道沿線所在の博物館が対象である。私は関西が永かった。だが、京阪神地区から取り上げられた11館全て、かって訪問したことがない館だ。開館が新しく、私の頃にはなかったのである。
文化発信の意欲が伝わるような博物館が選ばれているとも云えそうだ。そう言う選択がやれる時代になった。わが国にも、博物館を古物の倉庫としてではなく、その積極的な意義を理解する時代が到来したと云うべきか。郷土の歴史とか自然あるいは民俗を扱うものもある。手塚治虫やお笑い対象の館も取り上げられている。だが殆どが科学技術関連である。「文尊技卑(著者の表現)」のこの国にも、「技」を正当に評価しようとする気運が熟しつつあるのであろう。著者は私大理系出身のジャーナリストである。
日産自動車を立ち直らせたゴーン社長は、昔を評して、技術は一流だがマネージが出来ていなかったと云ったそうだ。現在の経済学部学生何千人かの横断的評価をしたら、S級(超優秀級)がゼロ、D級(落第級)が半数以上という結果だったと新聞が報じた。特に数学が駄目だそうだ。国際比較で云っているのだろう。今の日本の「文」の実力を物語る話はほかにもある。「男尊女卑」を止めてから、日本の社会は女流を輩出している。「文尊技卑」を止めて、日本建て直しの立役者をより広い世界に求めたいと思う。「官尊民卑」が崩せれば更にいい。
本書に触発されて2つの博物館を巡った。先ず行ったのは四谷三丁目の消防博物館である。消防署と同居しているが、始めから博物館を予定して建築されたそうだ。歩いた順に云うと5,4,3,B1,10Fで、江戸時代から現代までを順に見せてくれる。5Fは江戸の火消しを大名火消しと町火消しに分けて分かり易く説明している。絵巻物を忠実に人形に仕立て直した大名火消しの行進模様は初めて見る。淺野内匠頭が火事場で陣頭指揮をしている時代劇の記憶はあるが、火消しと言えば思い浮かぶのは町火消しだから珍しかった。
材木と紙で出来た町だから、火事は日常茶飯事であった。火事は江戸の華である。消防のシステムは良く発達していたようだし、それなりに機能していたのであろう。竜吐水のようなポンプはあったが、破壊消火が彼等の主務であった。江戸に48組、本所深川に16組の町火消しだったそうだ。NHK時代劇・茂七の事件簿であったか、印半纏の話が出ていたが、劇の考証もこんな博物館を参考にしたのであろう、火事装束の展示もなかなかのものである。火の見櫓は川越の時の鐘の建物そっくりだった。
現代の消防3Fと江戸時代を繋ぐ明治大正昭和の4Fは、建物近代化、関東大震災の反省、世界大戦空襲対策と事件毎に近代化した消防を示す。現代の消防では、消火防火のほかに予防に力を注ぐ。そのほか展示では救護活動に力を注いでいた。また文明の発達の申し子としての化学工場火災やビル消火の説明もあった。B1Fには、御用済になった特殊消防車やヘリの実物が展示されていた。最近まで、梯子車のような特殊消防車には、輸入品が多かったようだ。10Fは休憩展望室になっている。
丁度その日は土曜日だった。続いて、土曜日だけ公開するという東京理科大学近代科学資料館に立ち寄った。その大学の短大教授が、IBM勤務時代にヨーロッパの骨とう市で20年余りを掛けて収集した、計算道具と関連品だそうだ。中国文化圏では算木、算盤という道具が古代より発達し、四則演算程度なら電卓並の速度で計算できていたことは良く知られている。しかし、ヨーロッパの計算機が、ややこしい貨幣単位を乗り越えるために発達を始めたとは知らなかった。
数計算が10,12,60進法が入り交じっていて暗算が出来ないことは、金田一先生の本にも指摘されていたが、貨幣には更に20進法が加わる。そう言えば1シリングは1/20ポンドで12ペニーであった。今はどうなっているのかしら。広辞苑第5版を引くと1971年に10進法に改める際シリングを廃止し、1ポンド=100ペニーにしたとあった。昔はギニーと言う金貨があって、それ自身が通貨単位であり20-22、ある年より21シリングだったという。これは21進法だ。ついでにクラウン銀貨は5シリングと書いてある。
機械式のアナログ微分解析機は初めて見た。そのほかの展示品はそれほど興味を引かなかった。算木とはどんなにして使うのか、我々には算盤の常識はあっても算木は解らない。何か占い師が使う道具と類似のものらしい。紐に結び目をつけて数の記録にする方法は、最も原始的な算法だろう。その実物が見られた。南西群島のある地域では、つい最近まで実際に使われていたらしい。

('02/06/29)