生きている化石


辻誠一郎先生の「海をわたってきた樹木」という現地講演を聴いた。歴博くらしの植物苑の第51回観察会であった。辻先生はメタセコイア化石発見の三木茂研究室の3代目だそうである。後年、日本では絶滅していたメタセコイアが中国四川省で生きた姿で発見され、その苗が日本各地で育てられた。私は去年、秋が深まった頃に、高尾山麓の自然科学博物館を訪れ、その前庭の巨大なメタセコイアに驚かされた。苗木から半世紀程度しか経ていないのに、正に亭亭と真っ直ぐ天に向かって聳えていたのである。世界大百科事典には、成木は35mに達すると書いてあった。
氷河時代(200万年前頃から1万年前まで)に入ると温暖系植物が南へ押しやられた。さらに日本は80万年あたりから海洋性気候に変わった。海洋性とは多湿多雨台風地帯のことである。その頃を境に、真っ直ぐに背丈が高く伸びる樹木は滅んでゆき、多湿多雨を好むが中背のブナとかイヌブナのような樹木が生き延びた。秋田県と青森県の県境の白神山地にあるブナ群生林は有名である。イヌブナは群生しにくいそうだが、それでも高尾山に群生林があるのを知っている。北アメリカ大陸では同様の理由で、ブナ科の木が東海岸に、セコイアが西海岸側にあるという。ハリケーンは東海岸である。
日本で一旦は絶滅した樹種にはメタセコイアの他に、イチョウ、トチュウ、ユリノキなどがあると言う。いずれも天を目指して聳える樹木だという。私は屋久杉を思い出した。一昨年に紀元杉を見た。3000年という年齢だそうでその幹の太いこと。だが途中でポッキリと折れていて、横から新しい幹が出ている。台風が折ったのである。こんな台風銀座でもスギは巨大な群生林を造っている。大百科によると、スギは青森県にも自生しているそうだし、氷河時代も経験している。品種の絶滅は、高く聳えることだけを条件としているのではない。
和名のアケボノスギは植物好きの昭和天皇の命名であると聞いた。誉れ高い化石植物なのだ。ただ現代ではスギ科ではなく、ヒノキ科だと考えられているという。大百科にはまだスギ科と載っているので新しい話のようだ。北村先生の植物図鑑では、ヒノキ科(スギ科を含む)の下にヒノキ亜科とスギ亜科があり、メタセコイア属は前者に、セコイア属は後者に含まれている。私の蔵書で一番新しい、辻井先生の「日本の樹木」('99)にはスギ科メタセコイア属となっており、別にヒノキ科もある。近所に植わっているヒマラヤスギが実はマツ科だと解っている。植物分類も大変なんだ。
千葉県立中央博物館に行くと、沢山のアンモナイト化石が並んでいる。その脇にオウムガイの縦切り標本が展示してある。前者は頭足綱アンモナイト目、後者は頭足綱オウムガイ目に属する。巻貝は別の綱になる。つまり外殻は貝そっくりだが、分類上の貝ではない。タコとかイカの親類だ。アンモナイトもオウムガイも隔壁が何10とある独特の構造である。説明員に聞くと、隔壁は浮上降下の運動に使うという。早い話が、潜水艦の浮上タンク類似である。頭足綱の動物は古生代初期のカンブリア紀に既に祖先が出現した。どこらあたりで別れたのだろうか。前者は白亜紀で亡んだが、後者は栄枯盛衰を経て現代に至っている古強者である。生きている化石動物の代表だろう。ただ深海性で、「生きている」姿は拝めない。
私が「生きている」姿を拝んだ化石動物は、カブトガニだけだ。もう40年も昔、愛媛県の桜井の魚善という料亭の小池に多数飼われていた。生息地としては対岸の岡山県の方が有名であるが、昔は瀬戸内海沿岸各地でカブトガニが見られたと聞く。料亭で料理の材料になっていたわけではない。あくまで観賞用だ。グロテスクで余り好きになれなかった。漁民には漁網を硬い甲羅が破ったりするので嫌われ者であった。カブトガニも祖先をカンブリア紀に発する、オウムガイと双璧の、生きた化石である。
日本の南端、八重山諸島の一つに西表島がある。そこにしかいないイリオモテヤマネコは生きている化石猫として有名で、特別天然記念物である。島内に20匹もいないだろうと言うことで、正に絶滅寸前だ。ガイドのおじいさんは、この島には、人間相手の医者は、よぼよぼのヤブが1人居るだけで、死にたくない病人は沖縄本島まで出掛けねばならないのに、猫さまには至れり尽くせりの保護施設があって、自動車に轢かれでもすると大変な騒ぎになると云って、バスの人々を笑わせた。島には立派な周回道路がついているが、めったに車が通らぬから、かえって猫にとって道路が交通事故の原因になっているのかも知れない。私はついに巡り会えなかった。
生きている化石人間は見付かっていない。この場合の「化石」はネアンデルタール人などの旧人類を指す。DNAによる研究の系譜が「イヴと七人の娘たち」に書いてある。その理由を著者サイクスはラバに子供が出来ないのと同じではないかと推論している。つまり新人類と旧人類は染色体の数が1対分違うのではないかというのだ。そうでもなけりゃ、1万5千年も共生しているのだから交雑しないはずがない。ガッカリするよな、ホッとするような話である。

('02/06/25)