鏑木清方記念美術館


小さな市立の美術館である。遺族からの寄贈を受けて、清方の住居跡に記念館を造った。こぢんまりとした外観和風の平屋建てである。彼は戦後の昭和21年からここに移り住んだ。今は観光客で賑わう小町通から西に数十mも行かないが、昔の鎌倉の雰囲気を留めた閑静な場所である。
私が鏑木清方に惹かれだしたのは、「一葉」を見てからである。石油ランプの下で樋口一葉が針仕事の手を休めて、次の小説の構想に耽っている。彼女の集中している表情は、見る人誰しもをかくありなんと思わせる見事な筆致であった。書くときもきっとこんな顔付きで文机に向かったのだろう。それが針仕事の合間として表現されているのがいい。貧しい一家を背負った彼女には相応しい背景である。描いたのは一葉没後もう何年も経てからであるが、肖像画の白眉に数えていいと思っている。「一葉」の本物は見たことがない。芸大資料館にあるという。私が見たのは、樋口一葉:「明治の古典3 たけくらべ にごりえ」、円地文子、田中澄江現代訳、学研、'81のグラビアである。もう20年以上前だ。もう一度取り出してみる。本のカバーが「たけくらべ」ヒロインの「美登利」で、これも清方筆であった。一見して少女だと解る描き方である。彼が一葉に傾倒したことは「一葉女史の墓」でも知れる。なんと美登利が一葉の墓石にもたれ掛かっている。
展示作品はそう多くなかった。しかし館蔵の、妻をモデルにしたという「襟おしろい」、長女がモデルの「朝涼(あさすず)」はともに展示されていた。前者は顔立ちの描写がいい、後者は横向きの立ち姿を理想化して描いてある。題名は忘れたが、朝涼と同じ列に並んでいた童女を描いた掛け軸一幅は、取り澄ます必要のない天真爛漫な顔かたちであった。固有名詞が題になっていたから、家族の一員の絵姿なのであろうか。静かに個性を浮かび上がらせてゆく清方の肖像画法は、洋風に馴染んだ現代でも素直に受け止められる、むしろ見る目を安堵させる独自の境地と言える。
彼は挿し絵画家として出発した。売れ行きを左右したと云うほど、挿し絵が大切な時代であった。この経験が、大家になったあとでも、特に人物描写に生かされたのであろう。画巻「朝夕安居」には町井の庶民の生活感が溢れている。本物を見るのは初めてであった。多分明治前半頃の風俗なのであろう。だんだんと記憶から消えて行く若かりし頃の下町情景を描き留めようとしたのだ。美人画の泰斗と言われるが、人全てに興味があったのだなと思わせる。この画家は終生大将大臣を描かなかったらしい。そこがいい。
北鎌倉駅から鎌倉駅まで歩いただけだが、他にも私の知らない小さな美術館があった。小町通には趣味のいいブティックの店が増えたようだった。今度の小さな旅は、「精進料理でも食いに行こう」から始まった。鎌倉が文化の薫りが高い、一味違った町として今後も生き残り発展することを切に望む。

('02/06/21)