現代イスラムの潮流

- 宮田律:「現代イスラムの潮流」、集英社新書、'01を読む。NYのテロ事件以前に書かれた最も新しい本であることに注目して選んだ。宗教的背景、歴史的背景、政治社会経済的背景、地域民族的背景など色々の要素に対し、バランスを取りながら議論を進めている良書である。出版当時は、パレスチナ問題がイスラム圏最大の紛争点であった。テロ以降のまとめには改めて別の一冊を考えたい。
- 筆者は、異教徒や異宗派との共生、異民族との共生という視点に限っては、オスマン・トルコ帝国をイスラムの一つの理想像と捉えている。東方正教会のクリスチャン、ユダヤ教徒、拝火教徒、イスラム教のスンナ派にシーア派、トルコ人、イラン人、アラブ人、クルド人と、現在では対立の根本になっているアイデンティティの相異を越えて、長い時代を統治し続けたのだから、それももっともな認識と思える。もっとも私に言わせれば、オスマン帝国に限らず中世の大陸大型国家とは、例外もあるが、そんなものであって、異質を包容する体制を、イスラム教信徒の相互扶助とか団結の精神が、世界で始めて可能にしたとは思わない。
- この古き良き中世体制をぶち壊したのが、近代ヨーロッパ列強、イギリス、フランス、ロシアの利権競争であった。オスマン帝国を解体する仕掛けに、それぞれのアイデンティを強調し、民衆の相互反目を煽り、結果として自国に協力させたのである。アラビアのロレンスの活動が例に引かれている。一番割を食ったのが、居住区に油田を抱えたクルド人であった。サウジアラビアと比肩できるほどの人口(1900万)があるのに、いまだに悲劇の被抑圧民族である。アイデンティに目ざめた彼等を施政者は許さない。列強の政治的妥協の結果、つまり与えられたとも云える現在の国境線を死守しようと、施政者は都合良くことさらにアイデンティを強調する。国内の民族的あるいは宗教的少数派、周辺国家との摩擦で、内政の矛盾を国民の目から逸らせ、自己保身に役立たせようとする。皮肉な言い方だが、私には、パレスチナ問題もアフガニスタン問題も、当事国以外のイスラム諸国の施政者には国内安定に随分役立っているように思える。
- 耳学問で恐縮だが、ソメイヨシノは、ヤマザクラか何だったか忘れたが、強い株に接ぎ木して大きく育てるのだそうだ。結構専門的な作業だと聞く。独自の文明に欧米型文明を継ぎ足し、継ぎ足した方の花を咲かせる、この矛盾に満ちた作業がどれほど困難かは日本が一番良く知っている。我々は2次大戦という大失敗を経てやっと今日の繁栄を得た。困難さの基本は、遅れて近代化することにより、欧米よりも強烈に現れる社会矛盾、つまり都会の急激な膨張、貧富格差の拡大、失業者の増加、人口爆発による若年層の増大、就職先のない青年層と言った問題が激烈に噴出する点にある。
- その解決のための指導原理に何を持ってくるか。日本では軍閥が偏狭な和魂を持ち出した。イスラム原理主義は、イスラム法に基づく正しい信仰に立ち戻ることにより、社会の安寧と秩序を取り戻そうという考えだそうだ。原理主義者の一部に過激派がおり、世界の各地で物騒な騒動を起こす。しかし過激派はイスラム教徒の大方の支持を取り付けているわけではないと言う。日本の軍閥だってそうだった。だが、鉄砲を持った連中に国家を乗っ取られ、脅されて、戦争の坂を一気に駆け下った。だから一部だとは言え、民衆の素朴な感性的共鳴を受け、武器を振り回す下地がある限りは油断がならぬ。私は、著者とはだいぶ安全に関する感覚は違うように思う。現代主流の原理主義は、教育や福祉に重要性を認め、それを活動の中心に据えながら台頭し、成長を続けているという。共産主義国がマルクス・レーニンから脱皮して、現実に沿った政治を行うようになったのと似ている。マスコミからはそんな話は聞こえてこないので、認識を新たにした。
- パレスチナ問題はどうしようもない泥沼である。そもそもの原因は、ドイツ・ナチスにその局限の姿を見せるヨーロッパのユダヤ人差別と排斥で、その贖罪のために、ヨーロッパが、旧ユダヤ王国のあったパレスチナにおけるユダヤ国家の建設を了承したことである。当時パレスチナはイスラム教徒の土地であった。おまけにイギリスは、アラブ側にも独立アラブ国家を約束していた。2枚舌外交の典型である。中東諸国の独立には随分と恩恵を与えたつもりだ、パレスチナぐらいは大目に見ろというのが、ヨーロッパのバランス外交の見通しであったのだろう。ユダヤ人の、ヨーロッパに対する怒りを沈静するには見事な配慮だった。だが、その土地のマジョリティであるパレスチナ人が、ユダヤ国家を了承するはずもなかった。ヨーロッパと異なり、少数派のユダヤ人と何世紀にも亘って共生できたイスラムの大儀が、全く逆手に取られた処置であった。その後の何回かの中東戦争とその結末を見ると、パレスチナほど兵備の重要性を思わせる例はない。議論による平和解決が万能のように云う識者が日本には多かったが、今は力を失ってしまったのもこんな現実のお陰である。パレスチナは強烈に過ぎるほどの反面教師である。
- 現地取材旅行のスケッチは、重苦しい話題が続くこの本に、一服の清涼感を与えている。パキスタンのペシャワルは、アフガニスタンとの国境に近い、パシュトゥーン族の自治区の中心である。今回のテロ戦役で、イスラム過激派のパキスタン側の基地として有名になった。その町は、イギリス植民地時代の整然とした新市街と、対称的に雑然とした旧市街から構成されているそうだ。旧市街を歩くと、食い物屋から、煙が、道路に向かってもうもうと吐き出されている。カバーブを焼いているのである。研究社の新英和辞典には、kabobとは角切り(子羊)肉を漬け汁につけて、野菜と交互に串に刺す串焼き料理(cf. shish kebab)とある。シシカバブが出てくる千夜一夜物語はアラブ文学だから、そちらの料理だと思っていたが、印欧語族のこの地方でも同じようにして食うのだ。私の専門だが、ポリエチレンなどに見られる高分子鎖折り畳み構造をシシカバブ構造と言い慣わしている。お馴染みの言葉ゆえだろう、つい目に焼き付いた。筆者はその煙を浴びながら、テロ戦役では、政府と一触即発の危険関係まで対立がエスカレートしたイスラム聖職者教会の幹部を訪問するのである。行動する先生はそれだけでも大したものだ。
- 民主的手続きによって選ばれたとは云えない政権が、軍事に外交に周辺他民族国家あるいは異教徒国家としのぎを削る。民生福祉厚生には手が回らない。それを担当するのは、例えばエジプトではムスリム同胞団で、富裕イスラム教徒の喜捨を基盤に貧困層の救済に力を注ぐ。この科学技術を受容する穏健なイスラム集団さえ、エジプトでは弾圧の対象でしかない。民がイスラムを、文化的疎外感を背景に、ヨーロッパ化とともに拡大する現世の矛盾を克服する世直しの論理として、期待を膨らませるからであると筆者は云う。
- 私がもしエジプト援助の担当だったらと考えてしまう。わが国の援助額は世界一だそうだが、捕鯨禁止一つ見てもわが国の外交に役立ったとは思えない。はっきり援助は純粋に援助と割り切り、身分相応の額に縮めようというのが私の年来の主張である。中国、インド、パキスタンで見たように、援助はこれら各国の原爆開発を早めたというのでは堪らない。ムスリム同胞団のように、断食月明けに貧しい家の門口に、食料のつつみを配布するような活動が最も望ましい。日の丸の小旗を立ててである。
- 池波正太郎の読切時代小説・剣客商売に「金貸し幸右衛門」という話がある。テレビドラマ化されたとき、幸右衛門を米倉斉加年が見事に演じた。客演助演が優れると、全体が引き立ついい例であった。だから覚えているのかも知れぬ。この高利貸しの台詞に、「いえもう、ちかごろの侍ほど汚いものはございませぬ。・・、金を借りるときはどこまでも下手に出て、あきれるほどに頭を下げますが、借りたとたんに、それが前々から自分のふところにあった金のような気になってしまい、返すのがばかばかしくなって、こちらが根負けするほどに居直ってしまうのでございます。」と言う言葉があった。わが国の援助はもちろんそれで儲けようと云うのではない。多少の政治的含みはあっても、基本的には高尚な人類愛の表現のつもりである。しかし、パキスタンからの借金帳消し交渉などを聞いていると、幸右衛門と同じの感想を抱くのである。彼等からすれば、コーランの説く喜捨の精神から云えば当然と思っているのかも知れないが、われわれ異教徒の常識ではない。借り手が貸し手に文化を押しつけるような匂いには、鼻持ちならないでいる。
- この本の著者は、イスラム復興運動の根底にある潮流を解析し、いたずらに脅威とか暴力主義というレッテルを貼り付けて敵視する米国型の単純姿勢から、国際社会が目覚めることを願っている。大局論、総論は解りました、では実地に具体的各論を実行する段になったら、著者はどう云うのだろうかと思って、私なりの援助論を書いてみた。
('02/04/14)