望郷


ベルリン国際映画祭で宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が金熊賞に輝いた。大きな映画祭での日本映画の受賞は久しぶりだ。アニメ映画の受賞はデズニーの白雪姫以来だという。この監督の前作「もののけ姫」は、戦国時代の新旧勢力の争いを背景に、自然神の退勢を描いて秀逸だったが、欧米では戦いと殺戮場面が多いとかで敬遠され、理解されなかった。今回作品は無邪気な子供向けの物語であったから、受け入れられたのであろう。ヨーロッパでは、アニメはまだ、成人の鑑賞にも耐える映画としての地位を確立していないのではないか。そう言う意味では彼等は遅れている。
ベルリン国際映画祭での日本映画関連の受賞は、田中絹代の主演女優賞(サンダカン八番娼館・望郷)以来だという。もう27年も昔である。さいわいビデオに収録していたので、この映画を見直すことができた。からゆきさんに取材した物語である。からゆきさんとは、海外に進出した娼楼に働く売春婦として、女衒に日本から連れてこられた女達である。出身は天草とか島原の貧困家庭が多かった。大正の初めで2万人を超えたという。明治の初めから昭和の初め頃まで続き、朝鮮、満州、中国、東南アジアからアメリカ、アフリカまで広がった。多くは現地で望郷の果てに死亡している。(世界大百科事典による。)島原の子守唄には、久助どんと言う(からゆきさんの)周旋屋やバッタンフールという香港の(密航用)船会社名が出てくる。ナシの木育ち(貧しい育ち)の子守少女が、我が身を恨んで唄う歌詞に聞こえる。人身売買が当たり前のように行われていた証拠でもある。
映画「サンダカン八番娼館・望郷」では、からゆきさんの調査に執念を燃やす女性学者が、元からゆきさんの老婆に出会い、生い立ちから醜業の実際と今日に至った経過を聞き取り、更にその裏付けのために、ボルネオ島北部のサンダカンに渡る物語になっている。女性学者を栗原小巻、老婆を田中絹代、その女郎現役時代を高橋洋子が演じた。サンダカンには戦前は日本人が多数住んでいた。娼館は9館あったことになっている。栗原小巻は、島原の閉鎖社会でそこの恥部を調査する困難な研究に挑む姿を好演した。田中絹代は、報われることもなく踏みつけにされた一生を、恨みを通り越して淡々と語る。主演女優賞を取ったのも肯ける演技である。高橋洋子は娼婦の実技を見せるのであるから、もっとも困難で損な役割だと思うが、売り買いだけの関係とはどんなものかが判る、体当たりの鬼気迫る演技であった。
からゆきさんには欧米諸国から経済進出先兵の日本娘子(賤業)軍という非難が上がるようになり、国家が規制に乗り出し、終焉を迎えることになった。大正デモクラシーの頃で、国内婦人団体の活動もあったのに、結局自身で解決出来ず、外圧に頼らざるを得なかったのは、日本近代史の汚点の一つである。国家の規制も外国で女郎商売を行うことに対するもので、国内では依然公娼制度を、戦後の売春禁止法施行まで実質維持したのであるから、基本人権無視の本質は改まらないまま敗戦を迎えた。日本文化に深く根付いている思想だったからだともいえる。「バカは死ななきゃ直らない」の言葉通りになった悲しい例だ。残念ながら今日でも女性の蔑視搾取を当然のようにやっている国々がある。わが国の経済援助国に結構多い。援助が効を奏しても、極端な男性優位を固定してしまうだけなら、援助などしない方がいい。

('02/03/06)