生物たちのハイテク戦略

- 白石拓の掲題のふたばらいふ新書を読んだ。私は、現役の頃は化け屋としての教養という視点から目配りを怠らなかったつもりだったが、引退後は視角が変わって、生物科学からは遠離っていた。この著書は丸5年間のブランクを一気に埋めてくれる好著であった。著者はジャーナリストだという。確かに理屈よりも目を見張る事実の描写に力が入っている。ともかく面白かった。チョウの幼虫であるイモムシを中心に、めぼしい記載を追ってみよう。
- イモムシは見るからに無防備である。何しろ堅い甲冑も無ければ牙も持たない。肉食の鳥や昆虫に見付かったが最後、食われる運命にある。食われなくても寄生バチに見付かると卵を体内に産み付けられて、生きながらハチの幼虫に身体を蝕まれ、ハチの羽化とともに死を迎える。ここら辺までは誰でも知っている。ではイモムシは捕食者や寄生者にやられっぱなしの弱い生き物か。いやいやイモムシだって必死に生きようと抵抗するんだ、イモムシだけではない、イモムシに食われる植物だってイモムシに対し懸命に抵抗するんだとこの本は教える。
- ある種(シジミチョウ科、シジミタテハ科)のイモムシはアリと共生しているという。イモムシは背中に蜜腺器官を持ち、蜜をアリに提供する代わりにアリを用心棒に雇っているのだ。葉上のイモムシは攻撃されると大声?を張り上げる。声は食草植物を通ってアリに伝わる。あるいは化学物質を空中に吹き出す。この匂いは警報フェロモン的効果をアリに与える。どちらもアリが仲間同士の交信で使う信号に類似している。たちまち近所の兵隊アリが大顎を開いて突進して来るという寸法だ。
- 共生をもっと緊密化している種がある。シジミチョウ科のあるもの−クロシジミ−はアリの穴で家畜のように飼育して貰う。乳牛よろしく蜜をアリに与え、その代わりに飼料の世話になるのである。食草の裏で天敵を気遣いながら生きるより、ずっと安全で進化した方法である。蛹になるともう蜜は出さないが、牧場の牛とは違って、屠殺場行きとはならず、アリの巣で無事に羽化すると巣から這い出し、翅を広げ大空に飛び立つ。「アリは総出でそれを見送り祝福する。」とあるのは著者の冗談であろう。こんなにうるわしい共存共栄関係はめずらしく、中には備蓄食糧的に扱われている「家畜」もいるそうだ。逆に物騒な「家畜」もいる。同じシジミチョウ科のゴマシジミやオオゴマシジミは蜜をアリに与えながら「知らん顔で」アリの幼虫を捕食する。こういう美談怪談はかなり昔から知られていて、私の蝶類図鑑(横川光夫:「原色日本蝶類図鑑」、保育社、1954)にも載っている。
- モンシロチョウのイモムシはキャベツが好物である。農薬が行き渡る前は、キャベツ畑に舞う白蝶の群は一つの風物詩であった。そのキャベツはただただ食われるに任せているのではないそうだ。イモムシの天敵を誘引する物質を放って身を守ろうとする。天敵とは寄生バチである。キャベツはイモムシの唾液に含まれる酵素により反応する誘因物質合成原料を備えている。食われると誘因物質が生成放散される。では寄生バチはというと、これまた平穏無事に羽化させて貰えない。彼には彼を狙う別の寄生バチ(二次寄生バチという)がいる。イモムシではないが、4次の寄生バチまで知られている例があるのだそうだ。自然とはまことに不可解驚異の存在である。
- イモムシは、寄生バチに卵を産み付けられたら一巻の終わりか、というとそうでもない。イモムシにも免疫システムがあって、異物を排除しようとする。排除を免れても成長が遅いとイモムシが先に蛹になって、その固い殻と繭のために寄生バチが外に出られなくなる。寄生バチの対抗手段はウィルスの注入である。このウィルスは、イモムシの免疫の防壁を打ち壊し、変態を抑制阻害する。このウィルスが寄生バチのDNAに組み込まれていて、ハチが自前で別の生命−ウィルス−を発生できるように仕組まれているとは、ただただ驚くばかりである。
- イモムシを中心にこの本を紹介したのには訳がある。私はチョウの採集に夢中になった時期があった。中学生だった。まだ戦後間もなくの食糧難時代で、空腹と戦いながら、日曜日ごとに野山で捕虫網を振り回していた。チョウが舞う姿は種毎に特徴があって、今ではもう無理かも知れないが、採集を止めてからも長い間、蝶の飛び姿でほぼ種類が判った。イモムシの飼育箱を作って、無傷の成虫を標本箱に納めようとしたことさえあった。だからイモムシにはノスタルジアを感じるのである。
- こんな虫の世界に私を案内してくれたのは中学の先輩達であった。先輩が後輩をしつけ指導する伝統がそのころは生きていた。でもこの伝統は私の学年で途切れた。制度改革で、学んでいた中学が高校になって後輩が入らず、それに追っかけるように高校に校区制が出来て、先輩も私もちりじりに転校せざるを得なかったからである。左様、私は最後の旧制中学生である。紅衛兵でも立証されたが、民族の伝統を断ち切るには、若い幼い頭を大人からぶっつり切り離して教育するのが上策である。その点アメリカ占領軍は抜け目がなかったと今でも思う。半世紀は過ぎたのに、虫屋の先輩とは今でもつながっている。しかし後輩とは没交渉なのが残念である。
('02/01/27)