二十四の瞳と細雪


この正月にテレビで日本映画の旧作2本を見た。既に何度も見ているのになぜかチャンネルを選択してしまう。激動の昭和期を現役で生きたものに共通する、何か郷愁と言えるような感情移入を起こさせるからであろうか。「二十四の瞳」が昭和3年から敗戦後の混乱期まで、「細雪」が昭和13年から戦争直前までである。前者の子供12人と後者の末の妹はほぼ同い年であるから、私から見ればかなり年上の、多分子沢山な家庭の長兄と末弟ぐらいに年の開きがある、バーチャルな兄姉の物語として見ている。私の成長過程で良きにつけ悪きにつけ学習の対象となった年層である。
小豆島には6-7年昔にフェリーで行った。その頃は四国に住んでいた。「二十四の瞳」の舞台となった岬はひときわ不便な場所で、小豆島の中の孤島であった。モデルとなった分校の跡は保存され一般公開されていた。校庭内に記念館が建っていた。撮影はそこではなく少し離れた場所にセットを建てて行われたという。有料の映画村になっていた。ただし残された建物は、今回の高峰秀子主演の第1作ではなく、田中裕子主演の第2作のものであった。その第2作を池田町の国民宿舎で放映していたのを思い出す。主役の大石先生は自転車で起伏のある道を50分かけて、醤油屋の煙突が見える位置から通う。煙突はもう目立たなかったが、醤油会社の資料館が内海湾の奥、内海町役所があるあたりにあるから、彼女の実家はそのあたりを想定していたのであろう。山裾に掛かった場所であった。地図で距離を測ると8km余りであった。先生が持ち込む師範学校直伝の標準文化を、私にはお馴染みの方言の幼子達が受け止める。
「細雪」も何度かリメークされた。今回の作品は以前のものより一段と美しさを強調している。もう戦前の記憶が薄れ始めた頃だったから、監督の市川崑は、なんとか映像にこの地方のその時代の美しさを記録しておきたかったのかも知れないと思うほどである。次女のお見合いの場所、箕面と嵯峨野、の紅葉も素晴らしいが、とりわけ冒頭と最後に出てくるお花見は映画史上最高の出来である。その一つが京都嵐山の桜である。岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子の4姉妹が訪問着姿で花の下を並んで歩く姿はまことに一幅の絵である。もう一つが平安神宮神苑だ。満開のしだれ桜に姉妹が感嘆の声を漏らす。あの短いシーンがなんとも印象的である。
私は育ちが京都だったおかげで、俗化する前の風景を覚えている。今は人の波が押し寄せるから風情は二歩も三歩も後退していようが、たまにはシーズンに合わせ訪れて、記憶をリフレッシュさせたいと思わせる映像だ。神苑は入苑料で入場制限しているから、昔ながらの雰囲気かも知れない。昔、洛西の苔寺が当時としては格段に高い拝観料にして苔庭を守ったが、敬神崇仏に訪れるのではない観光客からの美観保護には適切な処置であった。石造りのヨーロッパと違い、自然を大切にした日本の観光地は踏み荒らされやすい。京都はまだいい。地方に出ると、手入れが行き届かず名ばかりになった庭園を見ることがある。嵐山もワンサカ観光地から脱却できないものか。
今年の初詣ではとうとう一度も青年男女の和服姿に会わなかった。そう言えば近所の結婚式場でも若い参列者は殆どが洋装である。戦後半世紀を経て、ついに美意識が断絶の日を迎えたのだなと実感する。私は現役のひところ、浸透理論の工業的応用に夢中であった。浸透理論で云う臨界点が比喩として思い浮かぶ。例えば金属製のボールとプラスチック製のボールをat randomに混ぜたとき、両者の比率がある程度以下になると突然電気が通らない状態になる。これが臨界点である。金属が和服と思えばいい。電気が伝統的美意識に相当する。だから服装の美意識という意味では「細雪」はもう時代劇である。
細雪のもう一つの値打ちは上品な関西弁である。由緒ある船場の蒔田家のいとはんたちが操る滑らかな言葉はなんと快く耳に響くことだろう。大阪弁といえば、漫才師が口角に泡を飛ばしてしゃべくりまくるときの、品性の悪い言葉と思われがちだが、東京に山手と下町があるように、大阪も上流ではこんなに美しくなだらかに話したのだと改めて思う。昨年秋に訪れたとき、大坂城の天守閣には秀吉の築城と共に船場が始まったことが展示されていたが、残念ながら400年後の戦災で焼け野原となり、いとはんたちの住む社会としての船場は復興しなかった。だからそこの言葉も時代劇である。この映画で再々出てくる「こいさん」という方言が、いとはんの中の末娘を指していることを長い間忘れていた。それほどに死語化しているのが現状である。
今週初めの毎日朝刊に「先住民の言語を守れ」という見出しでオーストラリアの言語学者の主張を載せていた。話の中心はオーストラリアの先住民語であるが、グローバリズムにより「生活全般が英語化することで長年培われた文化も変わり、そこに住む人々がアイデンティティーを失」い、世界が文化の多様性を刻々失いつつあることを憂いている。標準語化が地方文化にもたらす問題も同一線上にある。一旦途切れればそこでお終いである。意識して日本文化を継承しようではないか。

('02/01/10)