女敵


「槍の権三」という映画があった。何度かリメークされている。私が見たのは篠田正治監督、郷ひろみ、岩下志麻主演の作品である。10数年昔の映画だ。槍の名人権三(ごんざ)が噂が元で夫のある妻女と駆け落ちする。当時は不義密通は御法度(捕まれば死罪)で女敵(めがたき)討ちが認められていた。駆け落ちの2人は橋の上で討たれる。リアルにその時代を真っ正面から描いた作品として記憶に残った。
NHK TVドラマ「物書同心居眠り紋蔵」にも女敵持ちの話があった。もう放映後数年は経ったように思う。紋蔵という南町奉行所物書同心の家庭を媒介に展開する一話毎の捕り物社会劇である。物書とは記録係と言う意味だった。主演の館ひろし、風吹ジュンも好演だったが、助演陣も申し分のない演技で、質の高い時代劇であった。奉行所に女敵討ちの帳付けに侍が訪ねて来たことから紋蔵との関わりがはじまる。その侍は主君が風儀に関わると立腹するので、しぶしぶ女敵討ちに出立したという設定である。内心妻を幸せにしてやれなかったと反省しているし、女敵の方が剣の腕はずっと上なのだから、おおよそ討つ気がない。女敵も承知していて、平穏に暮らしている。
最後は女敵が江戸を離れそれを追いかけると言う立前で彼は挨拶に来る。その時に交わされる会話がなんとも面白い。その内に殿は忘れるであろうと云った後で、「それに殿も人の子。いずれは亡くなられる。大きな声じゃいえませんが、殿の家系は早死にされる家系で、ある日突然ぽっくりいかれないともかぎらない」と悠々としている。戦前に書かれた権三に比べて佐藤雅美の原作は、なんとも平和で立前と現実をうまく仕分ける。時代の後押しとはこんな事も指すのだろう。
女敵討ちは制度として認められていたのだから皆無ではなかったろうが、史実として読んだことは一度もなかった。ところがその女敵討ちが1万石の小藩の公式記録(伊予小松藩会所日記)に載っていることを知った。江戸時代成熟期の話である。事件は藩主出府随行のため夫が不在の中で起こった。藩の体面に関わる大事件として、全藩挙げての大探索が始まった。近隣の今治藩、松山藩、西条藩にも捜査員が派遣され、聞き込みの結果大三島と道後温泉があやしいと、そこまで足を伸ばしたが結局逃げおおせられた。夫は藩船で間もなく帰国したが、船着き場で妻の密通を聞くと、その場で女敵のお暇を願い出た。彼のその後の消息は不明である。法に触れる行為であるから、逃げる方も追う方も悲惨である。逃げる方は、まだ覚悟の上で好きな相手と手を取り合って道行するのだから、まだ救いがあるが、追う方は、藩外に出られたらまずは絶望的な中で、宛もなく歩くのだから堪らない。
江戸時代を受け継いで、戦前までは唄の文句にある「妻という字にゃ勝てやせぬ」という時代だった。今では余所の旦那との不倫など大した話題でもない。こんなに急速に公序良俗の常識が崩れていいものだろうかと時々不安に思う。一般化して云うと、自由という名目で規律が緩むと、留めようもなく色んな治安問題が噴出し社会が不安定になるということだ。ついこの間まで検挙率9割以上だったのに今では3割を切っている。社会を守るためのタガが色んな処で緩んでいる。タリバンの崩壊で自由を得たアフガニスタンだったが、治安悪化の副作用に悩み始めているという報道も日本の将来への警鐘である。私は規律の復活を少々の自由を犠牲にしてでもと願う気持ちが強い。

('01/12/19)