
- 捕物帖とは時代小説家の造語かと思っていたら、「与力や同心が岡っ引らの報告を聞いて、更にこれを町奉行所に報告すると、御用部屋に当座帳のようなものがあって、書役が取りあえずこれに書き留めて置く、それを捕物帖」と言ったのだという。岡本綺堂「半七捕物帖」の第2話「石燈籠」にある説明である。3-4年前同窓会か何かで勧められて、いつか読もうと気にしていた半七を買ってきた。光文社時代小説文庫に新装版として出たのを見つけたのである。勧めてくれた理由は何しろ元祖本だからと言うことだったと記憶する。綺堂は明治5年の生まれで、半七は大正6年から20年に亘って書き続けられた。全6巻の内の第1、2巻を読んだだけであるが、作者がその時代に近いことは、時代の社会風俗を伝えるという意味では、絶対に有利だとよく分かる。
- 提重の女の説明がある。江戸舞台の小説は結構読んだつもりだが、提重は初めてである。「彼(女)は武家屋敷の中間部屋へ出入りする物売りの女であった。かれ(彼女)の提げている重箱の中には鮓や駄菓子のたぐいを入れてあるが、それを売るばかりが彼等の目的ではなかった。」要するに売春の出前だというのである。あの時代は花街歓楽街はもちろん宿、船宿、茶屋、湯屋などにしてもかなりが私娼による風俗営業を裏業務にしていた。柳の下の茣蓙を抱えた夜鷹などはありふれた風景だったらしい。しかし提重は知らなかった。突飛だが、マルクスの資本論にあったヨーロッパ中世の「初夜の権」を対比に思い出した。当時ヨーロッパでは領主だったか地主であったか、彼等は領民の乙女と初夜を過ごす権利を持っていたというのである。良俗公序としては、売春事業から見たら、封建時代では日本の方がヨーロッパよりまだましだったのではないか。
- 精霊とか死霊とか神隠しに祟り、化け猫に狐狸など。霊魂のゆらぎに対する人々の畏怖感は当然ながら江戸時代では強かった。人々の信心も真剣だった。良民の間では、お寺参りお宮参りそのほかの宗教行事は律儀に欠かさず行われたようだ。人に害を与える動物も頻繁に出てくる。河童に猿、蛇、河獺(かわうそ)、それから鷹も赤子さらいに出てくる。河獺は悪質のいたずら者としてしょっちゅう話題に出てくる。ニッポンカワウソのことだろう。今は絶滅が心配されているこの動物が江戸の町中に住み着いていたとは驚きだ。最近の捕物帖には出てこない動物である。人々の迷信深さにつけ込んだ犯罪を名推理によって半七が暴き出す。しかし例えば、実の子が夫婦に出来たばっかりにいびり出された貰い子が、死後幽霊となってのろいに出る姿を、いくら真っ暗な夜間でも、矢場女が急に演じられるものだろうかと、疑いもする。動物にしたってそううまく犯罪を代行できるものかと思ったりする。半七が見事に真相を解き明かしても、証言に現れたもののけが、幻想であるのか真の化身であるのか分からず仕舞いのまま、余韻を残して文が終わることが多い。
- 物証など少ない中で推理がよりどころとするのは自白である。司法警察の権威は大したもので、町民は彼等におどおどしている。むかしの番屋の調べは「・・頭からぽんぽん退治つけるんです。・・・ぐずぐずしていると、まったく引っぱたくんですよ。」と紹介されている。一方素直な相手には温情主義で結構目こぼししている。融通無碍の匙加減である。顔見知りからのたれ込みもしょっちゅうである。町民は関わり合いたくないと云う気持ちの反面、饒舌な一面もあり、結構協力的で、岡っ引と知ったあとは差し障りのない部分には進んで情報を提供している。私の幼い頃の駐在さんと村人と言った関係に近い。
- 読み辛くはないが、もう使わない単語や用法が出てくる。今では彼と彼女を区別するのが当然だが、前出の通り、ここでは彼女もかれと書かれている。夫を宿六と言うのは承知しているが、やどと書いている。単に省略しただけなのだろうか。今でも蛙合戦は繁殖期の蛙の雄が雌を巡って争う姿を指す。しかし雀合戦、蛍合戦、蝶合戦はもう使わない。あの頃は無数に群がる様を合戦と言っていたようだ。蝶合戦という読み切りでは本所の堅川にモンシロチョウの異常発生があった話を伝えている。昭和の初めであったか、大阪湾を異常発生した蝶の大群が渡ったという記事を読んだことがある。昔は江戸の周辺でもそんな事件がしょっちゅうあったようだ。
- 江戸時代を身近に引き寄せてくれる作品の一つである。
('01/11/29)