日本人はるかな旅展


アマゾン源流に吹き矢を巧みに操る先住民がいる。10/31のNHK「地球に乾杯」の映像は知られざる民族アワフンの自然に溶け込んだ姿をよく捉えていた。10数人程度の小さな集落が単位で、数名の子供を除くと、男は老人1名、成人3名、見習いの若者1名。老人以外は鳥、鼠などを対象にした狩猟が仕事である。女は土器の製作と農業。土器は轆轤を使わず粘土の縄を積み重ねて成形してから焼く方式である。農業と言っても芋を収穫し、あとは挿し木で次の芋を実らすだけ。道具造りや土器造りにゴムの樹液を防水剤として使っているのに感心した。全てが共同作業で土地も収穫も共有平等分配である。「長」と云える人もいない。縄文時代のわれわれの祖先の姿が重なって見える。容貌は毛深くはないがまさしく彫りの深いアイヌ型である。
NHK TV「日本人はるかな旅@マンモスハンター、シベリアからの旅立ち」ではシベリアからマンモスを追って一部は日本列島に渡り、一部はアラスカを経て南アメリカに到達したという説明であった。国立科学博物館「日本人はるかな旅展」では日本組とアメリカ組が別れたのが4-3万年前としていた。南アメリカに到着したのが1.2万年前という。気が遠くなるほどの時間差なのに骨格は変わらないのに驚嘆する。シベリアでは新しい人種がこの間に発生し日本に渡来する。弥生人である。南アメリカでは新人種の発生はなかったのだろうか。ヨーロッパ移民により滅ぼされた、背丈がヨーロッパ人を越えたという民族は単なる伝説なのだろうか。
氷河時代の海面低下で大陸と陸上ルートがつながった時期が4回あるが、日本の遺跡は後期旧石器時代のせいぜい4-3万年前までしか遡れないから、黒潮にのって漕ぎ渡ってきた少数を除けば、殆どは最後の北の道(3-2万年前、朝鮮半島とは海が隔てていた)−マンモスルート−から歩いて渡ってきたとしか考えられない。捏造と言われている前期旧石器時代遺跡が本物だったら、旧人が住んでいたことになり、そのときの大陸からのメインルートは西の道と云うことになったろう。旧人と新人が何処かで顔を合わせて共生していたなんてちょっとロマンチックではないか。イスラエルには旧人のネアンデルタール人が新人のクロマニヨン人と長い間共生していた証拠があるそうだ。日本は酸性土壌のために旧石器時代にもなると人骨化石は数えるほどで、化石からものが云えるようになるのは縄文時代(1.2万年−2300年前)以降である。次の弥生人の渡来ルートが蒙古襲来ルートと殆ど変わらないことは人骨だけでもはっきり分かる。だからルーツ探検隊にとって堪らんのは縄文とそれ以前の話である。
日本書紀には東北の蝦夷に南九州の熊襲と分けて書いてある。マンモスルートの人々にシベリアの細石刃文化が伝わったのは自然だけれども、日本には丸胴の丸ノミ形石斧に代表される黒潮圏先史文化の跡が九州から五島列島にまで残っている。細石刃は狩猟に、丸ノミ石斧は丸木舟の製作に主に使われた。文化の跡は人が渡ってきた証拠である。黒潮圏文化を辿ればジャワ、スマトラ、ボルネオ一帯のスンダランドに至る。丸ノミ形石斧文化は縄文初期で1.2万年前以降の文化である。
その前2.8万年前に、鹿児島湾では巨大噴火があり、少なくとも南九州旧石器人は壊滅したと想像されている。2.8-1.2=1.6万年の間に誰が九州に来たのか。最も確実なのは陸地伝いに来る本州の人々であろう。6500年前に鹿児島南海でまたまた巨大噴火があり、花開いた南九州の縄文文化が壊滅している。こう考えるとスンダランド系の人々は我々現代日本人とは血の縁は遠いようだ。よって熊襲は北方系が、再度か再々度か知らないが、進出定着した人たちの末裔だと思う。だから日本列島には弥生人以前は人種としては北方源流の縄文人種だけが住んでいたとしてよいのであろう。
ではシベリアの新人類はどこから来たか。新人がアフリカ起源であることは定説になっている。後はヒマラヤ山脈の北ルートか南ルートかと言う問題である。「日本人はるかな旅展」の範囲外なのか実際に証拠が乏しいのか、この問題には殆ど触れていない。旅展図録の中の馬場悠男先生は南ルートから先に入り1万年遅れて北から入ったとお考えのようだ。ついでだが、先生は沖縄の港川人も縄文人も南ルートのスンダランド起源の1支流と言う説を強く推しておられるように思える。こうなると縄文人北回り説の私とは真っ向からぶつかってしまう。NHKで聞いた縄文人DNAがバイカル湖のブリヤート人と酷似している点は、それではどう解釈できるのだろうか。ネアンデルタール人が旧人に属する決定的証拠はDNAだそうだ。DNAの結果は重大である。先生が挙げられておられる南ルート説の証拠は歯と出土頭蓋骨化石で、素人には分かりにくい。
弥生人の起源は何処だろう。戦乱の真っ直中を逃れ出てきた中国大陸人であるとしても、ではその古代中国人はどこから来たのか。図録のコラム8「渡来民の顔はなぜ平べったい」には、古代中国人は2万年前の氷河期のシベリアを生き抜いた人たちが身体も顔も革新させていった新人種だとしている。日本列島は2度に亘りシベリアから御到来頂いた事になる。しかしこの古代中国人も起源の証拠となると怪しいのではないか。太古の話はいつまで経っても見果てぬ夢の中にある。

('01/11/03)