
- 弘前に旅した。今年3度目の東北である。今度はJR東日本の格安切符「大人の休日」を使った旅行である。ジパング倶楽部会員だから10000円で丸2日間JR東日本路線は新幹線を含めグリーン席乗り放題だ。夏休みが終わりまだ秋の紅葉が始まらない今は鉄道の閑期だから、こんな企画が生まれるのであろう。往きも帰りもグリーン車は年寄りカップルで満席であった。ビジネスマンやサラリーマン風情の人は東北新幹線以外は僅かであった。ホテルにチェック・インした。ちょっと早く立てば千葉からでも2時には入れるのである。第1日はねぷた会館、武家屋敷、弘前城址のコースにした。
- 今は津軽藩ねぷた村と言う名になっていたが、バスの運転手には昔のねぷた会館で通用した。会館は改造中だった。展示の一番大きなねぷたは高さ数mはある。鏡絵と見送り絵の中間の構造体を制作中であった。大小さまざまだが、大体扇形である。笛と太鼓でお囃子のさわりを実演してくれた後、やってみないかとばちを渡されたので、大太鼓をババンバ、バンバンと叩いてみた。どうしても利き腕の左で強を打つから、先生役とは腕の振りが反対になってしまった。ねぷた展示室の横に民芸品の展示室がある。太鼓を叩いた兄さんが津軽ゴマの実演をやってくれる。親子コマ、雪上でも回るコマ、賭事に使うコマなど色々あって珍しい。一番良かったのは風を切ってぶんぶん唸りながら子ゴマを幾つも生んで行くコマだった。これは下の土産物屋に出ていたので孫の土産になった。おばあさんのこぎん刺し実演を見る。建物の外に揚亀園と揚亀庵がある。前者は日本庭園で大石武学流だそうだ。翌日城の植物園の一角にその流派の庭園をもう一度見ることになる。何処を武学流というのかよく分からぬ。後者は茶室である。茶室には特徴があった。覆屋が被さっているのだ。茶室と覆屋の中間は板敷きである。雪国の日本家屋は居間と外壁との間に、廊下、板の間や土間を作っている。つまり二重の仕切で保温に務めている。後で見た武家屋敷などにもそんな工夫が見られる。
- 弘前市仲町重要伝統的建造物群保存地区はねぷた村の真横である。4時には閉めるというので大急ぎで公開の武家住宅に向かう。サワラの生け垣、板塀、門などが面影を残している通りを歩いて先ず旧岩田家に入る。公開住宅はいずれも市が管理しており管理人がいる。岩田家は300石と言う上級武士の位から、事件連座かどうか知らないが、5両10人扶持という下級武士に身分を落とされた家族の住まいだそうだ。大きなお家。茅葺きである。次は旧梅田家。岩田家と梅田家は保存地区の両端にあるので、町の雰囲気を歩きながら偲ぶことが出来る。建造物は大半が建て直され新しくなっているが、その気で整備しだしたのが早かったためか、洋式のそぐわぬ家とか、けばけばしい看板とかは一切無かった。梅田家と隣の伊東家は仲町以外に存在した武家屋敷を移築復元したものだ。梅田家が70石伊東家が100石と管理人は云ったように思うが、貰ったパンフレットには梅田家100石、伊東家は藩医とのみ記載されていた。まあ中級武士のお家なのだろう。岩田家よりは小さいが中2階、これは物置だったと思う、を含む結構大きい家である。管理のおばさんとの話で、佐倉と同じくたとえば畳の縁にまで家格による制限がある階級社会であったことが判った。4時になってしまったので、辞去してこの保存地区とお城に間にある重文の石場家住宅に行く。ここは今酒販店で拝観料は100円であった。
- 石場家は7軒で作る弘前暖簾の会の一員である。日本酒の味をしませたオリジナルのチョコレートを売っている。土産に何個か買った。家の一部は城内屋敷からの廃材の再利用ではないかと言うが、初めから商家として作られている。柱はヒバ横木はカツラと言ったか。随分大きな家だ。住居として使っているから土間からの見学である。その土間にピッタリ土蔵がひっついている。雪とか寒さに対する配慮だろう。屋根は柾葺きだが、もう職人がおらずこれが最後だろうと、昭和56年の修復工事の時云われたという。土間の土固めも修復面が潰れ、かえって昔の土面の方がまだ傷みが軽い。文化保存技術の伝承は大丈夫なのだろうか。軒は屋根を通りまで長く伸ばした「こみせ」構造を残している。ただ道路の拡張に対応して30cmばかり引っ込めたのでいまは狭く幅1mぐらいである。黒石にはこみせが連なった町並みを残していると案内の主人は云った。
- 亀甲橋から弘前城址にはいる。前回は昭和58年の紅葉の頃に訪れている。桜の公園として名高いが、私には紅葉の公園である。たしかに城中一帯に桜の大木がある。ヤエザクラ、エゾヤマザクラ、カスミザクラ、ソメイヨシノ、ウコン(黄桜)など案内図にまで印刷されている。だが、私らが注目したのはシダレザクラがいかにも多くしかも堂々たる大木揃いだと言うことだ。角館でもシダレザクラが多いのに瞠目した。してみると三春の滝桜を含め東北では殊にシダレザクラが好まれたと云うことか。関東は一円が、特に新興の名所は、ソメイヨシノ一本槍なので一際目立つ存在である。天守閣前にある御滝桜と言うのがその代表なのか。天守閣は三重の小振りな建物だ。閉館ギリギリの10分ほどで一巡拝観した。一階の鉄砲狭間壁と石垣の間には隙間があってよじ登ってくる敵を石や槍で防ぐ構造になっている。津軽家家紋(牡丹紋)の付いた藩主乗用駕篭が展示されていた。10万石藩主用にしては質素だ。江戸東京博物館の大名駕篭は50kgと聞いていたが、これはもっと軽くできている。保存状態は良かった。北門、丑寅櫓、与力番所、東内門、南内門、追手門の順で昔の建造物を眺めながら城外へ出た。濠に沿ってNTTのビルあたりから駅の方向に折れる。一本道だそうで、帰りは歩きだ。
- 五穀屋と言う菓子屋で買いものをする、弘前はあちこちに品のいい菓子がある。この店は、旧梅田家見学のとき、そこの管理のおばさんからお勧めの店として聞き出したのだった。
('01/09/24)