
- 青色発光ダイオードの発明者が元の使用者に正当な報酬を求める訴訟を起こした。企業対企業であれば、特許ライセンスフィーとして一時金に何億円、継続使用料に売り上げの何%と言う契約になるのだが、この発明者は企業内業務研究だったと言うことで、数万円程度の特別報酬を貰ったに過ぎなかったようだ。私も化学会社の企業研究者だった時期がある。多分数え上げれば数10件の特許(出願)に名を連ねているであろう。昭和から平成にかかる頃から報奨金制度が出来て、発明に一定の報償が出るようになった。額面は関係者の慰労パーティのビール代ぐらいであったと思う。特許法(昭和34年)には職務発明の対価(35条3項)という思想は既にあった。有名無実であったが、研究の地位向上と共に、報奨金制度が明文化されたのだろう。
- 終身雇用のもと、周囲との摩擦が少ない年功序列最後の段階で然るべき処遇を与える。長い目で見るとそうなった研究者もいた。だが研究としての貢献よりもマネージャーとしての資質に期待された結果であって、研究成果への報償とは考えられない場合もあった。直接の報酬には、給与と報償の二重取りと言う妬みが付きまとうので、経営陣は否定的であったと思う。私は入社時から課長の年代まで所謂バルク・ケミストリーが相手で、技術導入参考研究、環境対策研究などに追われた。それもあって特許(出願)も防衛的で、報償に対する意識など至って淡白であったと思う。NHK番組プロジェクトXに出てくる研究開発は、私の昔に比較にならぬほど攻撃的性格のものだが、それで功成った人も、無名のまま、上記と大同小異の待遇で満足して退社しているのが殆どのようだ。
- 「研究は必要悪である。」と工場長はよく言った。日本の技術レベルが上昇し、もう外国にめぼしいネタがなくなり、オリジナリティのある研究に期待が高まった時代であった。精一杯背伸びをしていた企業にとって、無駄金の多い研究は、経営陣には腹立たしい存在であったのだろう。「知的興味にだけ目を向けたがる。」とも云った。知的財産が増加しても企業の利益となかなか結びつかぬ苛立ちを云ったものだろう。おそらくどこの会社でも、研究者は、その種の経営哲学上の無理解という障壁を乗り越えねばならなかっただろう。
- ドイツの大化学会社に技術実習に行ったことがある。東京オリンピックの頃だった。その会社では課長から上は殆どが博士号を持っていた。博士号とはオリジナリティの証明である。少なくとも対象になった研究はその当時は世界最先端であった証明である。日本の会社にも博士号を持った若い学生が採用される時代に入りつつあったが、まだまだ大学院の評価は低く、就職にあぶれた連中が一時しのぎに身を寄せる養老院と言ったネガティブな感覚も強かった。そう言う面は確かに残っていたが、日本全体が、早晩オリジナリティ勝負の世界に入ることは予想されたのだから、大学院本来の積極的な使命にもっと早く目を向けるべきであった。世の中のムードがそうなる前に経営政策として研究人材確保に手を打った会社は少ない。
- さて、発光ダイオードに関する提訴の行方はどうなるか。使用者側の強硬な姿勢から見て、譲渡契約書は完全なのであろう。だが与えた対価が「相応」であったかどうかが問題になるのだろう。35条4項には発明による利益の両者による山分けの規定がある。新聞に出た数万円程度の報酬とは特許登録補償のようで、まあ奨励金のようなものであろう。利益山分け規定からはえらい隔たりがあると従業者側は思うだろう。いずれにせよ、「いつかはこの功績で重役に迎えられるかも知れないのだから、おとなしく黙っておれ」では通らなくなった今日、透明度の高い、論功行賞が目に見える発明処理規程が、会社に限らず日本のあらゆる組織で施行されることを望む。一生に一度来るか来ないかの大発明も数万円ぽっきりで終わりなら、金銭上は研究者ほどばからしい職はない。そのくせ日本は技術立国以外にないのである。
('01/08/27)