竿灯・ねぶた


竿灯もねぶたももともとはお盆の行事である。竿灯は七夕行事の色合いも濃いらしい。五穀豊穣に家内安全、とにかく何でもかんでものの願い事を込めたお祭りである。東北4大祭りの残りの仙台七夕、山形花笠とはちょっと出自が違うようだ。灯籠を壮大に飾り立て、祭礼の象徴に仕立てたのであろう。それにしても、白神山地を挟んではいるが、隣り合わせの国に、際立って異なる2つのお盆祭りがあるのはどうしてだろう。永年、津軽藩と秋田藩とに分割統治された名残か。今は精霊の送り迎えという意味は薄れ、パーフォーマンスばかりが華やいでいる。われわれの竿灯・ねぶた祭クルーズは毎年人気の高い恒例のコースだと聞いた。
竿灯会場は中央分離帯のある大通りの上り下りを一周トラックにしている。その中央分離帯に階段状に組まれた観覧桟敷からの見物であった。町、企業、自衛隊、大学などの同好会が1単位になり、大体3ー4本の竿灯を操る。竿灯を水平にもち、小型トラックに積んだ太鼓と鐘、歩行の笛ぐらいの囃子入りで行進し、止まった位置で竿灯の技を見せる。だんだん竿を繋いで高く高く持ち上げる。たいてい1本はちびっ子専用の小型で、なるほどこんなに小さいときから技を仕込まれるのだと感心する。1本が大きいのでは50kgを越すと聞いた。
風は凪いでいた。それでも下手くそはときどき竿を倒したが、観客席には安全用のロープが張ってあるため、滅多に観客席までは倒れ込まない。竿灯の明かりはローソクである。残念ながらパラフィンの洋蝋燭で、ハゼの実から作った和蝋燭ではなかったようだ。倒れると灯が消える。時には提灯を燃やしてしまう。一渡り終わったら、数10m移動し第2回目のトライアルをする。見物はそれで終わった。戻りのバスは、大した渋滞にも引っ掛からずにスイスイと港に帰った。大都会のお祭りの混雑に馴れている我々には何か意外であった。
青森ねぶたは市役所前の2階桟敷席からの見物であった。板に茣蓙を敷いてある。長く座ると痛くて仕方がなかった。歩道の1階は椅子席で羨ましかった。手ぬぐいやら鈴やら色々祭りの縁起物を売り歩く子がいる。見物衆は買いものの代償に「ラッセラー、ラッセラー、ああラッセラッセラッセラー」とその子たちを跳ねさせる。我々は三内丸山遺跡のツアーのときにガイドの音頭でこの掛け声を練習した。このガイドさんはなかなかの名調子であった。青森は人口30万なのに、観光に300万人が訪れる。ロンドン博物館に本年優勝の作者が、3ヶ月掛けてねぶたを納入するという話も彼女から聞いた。
さて祭りの行列が位置に着き、ねぶたに電灯がともり、花火の合図がでて、祭りが始まった。待つことしばし、我らのお船から繰り出したグループがここぞと跳ねて見せる。よそ者として見物するより、知り人がいて見物する方が活気づくのは当然である。独自のねぶたまでは用意できなかったようで、船会社の系列の系列と思えるグループの一サブグループとしてやっていた。そのねぶたは市長賞を取ったとかで、最終日の海上運行の最先頭を務める栄誉に輝いたようだった。
そのねぶた海上運行を浴衣姿でデッキから眺めた。船は予め港外に移動させてある。しかしねぶたの通る位置はかなり離れているために迫力がなかった。遠いために折角の打ち上げ花火ももう一つだった。花火は小さくても間近で見ないといけない。本物が終わってから船上でわれわれのねぶた祭りが始まった。青森港着岸の時の歓迎行事で幼稚園児が見せた跳ね踊りぐらいにはやれるかと思ったが、体が重くてとてもそんなには跳ねれない。船の若いスタッフ連はそれはそれは軽快に跳ねていた。
弘前のねぷたはもう10年以上前にお城近くのねぷた会館で見た。紅葉の頃だった。会館の職員が太鼓を叩いてくれた。今度見た青森のねぶたよりは小振りだったように記憶する。図柄までは覚えていない。五所川原の立ちねぶたにはバスツアーでお目にかかれた。長い間中断していたが、たまたま東京での郷土芸能の催しとかに出たところ評判になり、5年ほど前から市内運行を再開していると聞く。名の示すように立ち姿のねぶたで、22mHにもなるねぶたがあるという。毎年のねぶたが倉庫に展示されている。青森のように何台もが練り歩くわけではなさそうだ。重心が高いねぶたを運行するのは苦労のようで、再開試行の時は倒れたこともあったと聞いた。道路は狭いし、背が高いから風がちょっと吹けば難しいだろう。青森、弘前、五所川原の他にも青森にはねぶたをこの時期に立てる場所は幾つもあると聞いた。
太宰治の「津軽」にはねぶたを説明して、「他町の大燈籠と衝突して喧嘩のこと必ずあり。」とある。喧嘩祭りなのである。竿灯でも、その日には、剣道道場の猛者連が他道場の猛者連と野試合をやることが半ば公認されていたような話を挿んだ文章を、何処かで読んだ憶えがある。家内は東北ではないが喧嘩祭りの町で育った。だからか、祭りは喧嘩を見に行くのが楽しいのであって、今の平和運行なんか燗醒めだという。明石の大惨事で、日本の祭りには警備の手が一段と強く加えられるようになった。ねぶたの運行も今年は様変わりで、従前より1時間も短縮されたという。死人に大怪我はご免だが、白けたダラダラ祭りもご免である。ちょっとは緊張感が漂わねば蝦夷地の祭りではない。それからねぶただが、衣装、行列を揃えているのに、集団演技の美しさがない。てんでに跳ねては自分だけの祭りに終わってしまう。

('01/08/13)