なまはげ半島


関東は亜熱帯と化しても東北は別天地である。旅行出発1週間ほど前からずっと気象情報に注意していたが、東北はいつも4-5℃低かった。到着地の船川港は国定公園男鹿半島の南口にあり、隣に石油備蓄基地が控えている。港の岸壁には材木が積み上げられていた。
実は船中で男鹿の説明を予め聞いていた。百聞は一見に如かず。説明会にはなまはげが登場し、客席を脅し回った末、舞台で太鼓のさわりを響かせた。出演者は全員市職員で、かの半島はなまはげで活性化を図っていると言った。伝統行事はどれでもそうだが、なまはげも土地土地によって少しづつ違っているそうだ。なまはげに扮せるのは未婚の男子だそうだが、今は人出不足でその区別は出来ないと言った。なまはげがお孫さんにと言って土産をくれた。サービス精神満点のなまはげであった。
消防音楽隊の吹奏曲の中で歓迎式典があった。バスで男鹿市文化会館に行き、歓迎行事のなまはげ太鼓、模擬大晦日行事を見聞する。大晦日に、なまはげが山から降りてきて、家々を訪ね歩く様子を演劇に仕立てたもの。観衆の中から家の女房役を一人連れ出して来て、彼女にアドリフ出演させたが、彼女は旨く演じてみせた。あちこちであんなに飲まされるのでは、なまはげ役は大酒飲みでないと勤まらないなと、酒に弱い私は要らざる心配をする。行事終了後の記念撮影では、なまはげ君は大人気であった。船の専属カメラウーマンが撮ってくれた写真はなかなかの出来映えだった。実は船中のビンゴ大会でオリジナルの写真楯を賞品に貰ったのだが、それにはめ込むのに絶好の記念写真であった。
観光バスは男鹿半島を海岸沿いに北上した。新米のバスガイドで、ノートのメモを懸命に読み上げる。聞いていてハラハラする。猫の額ほどの海岸平地に色とりどりのテントが並んでいる。断崖を走る道路によって半島の中あたりがつながったのは最近のことらしい。それまでは舟が頼りの所謂陸の孤島であったと聞いた。杉の独特の丸木舟を使ったと言う。侵食で岩が削られてできた海岸線はとても美しい。入道崎でバスを下車し、20分ほど見物した。北緯40度が走る位置にある。その線に沿って石の識標が並んでいる。石の中心部に板状の切り欠きがあり、そこを40度線が走っていると言う。40度に執着するのは、征夷大将軍坂上田村麻呂東征(9世紀初め)後の律令政権支配北限はこのあたりと言われているからである。海岸から50mほど高い崖に燈台があり、そのあたりが平地でバス停やお土産店が並んでいる。漁村のおばさんが海草類の行商をやっている。同じ日本海沿岸の東尋坊にどこか似ている。海側から崖を見上げる観光も良さそうな風景である。
男鹿半島を時計回りにぐるりと回って予定どうりに船川港に帰った。午前だけの観光だったが、私の日本列島空白点の一ヶ所が埋められて満足であった。

('01/08/10)