浪花の恋の寅次郎


お馴染み「男はつらいよ」シリーズ第27作である。このシリーズで充実した作品が並ぶ80年代の製作である。近頃日本映画の旧作をよく見る。先進国入りを目指していた頃の日本はどんな風景だったのか、懐かしんでいるのである。その頃と現代の落差があまりにも大きいように思われるからか、それとも引退して暇を持て余しているせいなのか、おそらくその両方が振り返る理由になっているのだろう。大きなビデオ屋を見つけたのがきっかけになっている。
マドンナは大阪芸者役の松坂慶子である。このお人はじめじめした雰囲気を周囲に作らないのがいい。人柄がそうさせるのか演技力なのか。とにかく資質のある人だ。今では日本を代表する大女優の1人である。だがこの映画で使う大阪弁はちょっとアクセントが強すぎた。ご本人は東京生まれだそうだから指導した方が意図的にやっているのかも知れないが、知っているものには少々嫌みである。脇役に庄司姉妹、芦屋雁之助と真っ当に大阪弁を話す人が大量出演しているので余計そう感じる。聞かされた数々の大阪弁は今どれほどが生きているのであろうか。側とか近辺を「ねき」というが、久しく耳にしなかったから忘れかけていた。
人情がテーマの映画なのだから、過剰に人情が出てくるのは致し方がない。大阪は当時そんなに人情に溢れていたかどうか疑問には思う。だが、断片的に納得させるシーンは色々ある。それは寅さんではなくて住み着いている人々の行いである。雁之助が立ち小便の子を叱る言葉、死んだ弟を看取った運転手仲間の行為、マドンナのそれとなく見せる心遣いなど大阪人の3シグマに入っていた、つまりかくあるべしと思いときには行動に移したかも知れない手の届く範囲に入っていた心情の具体的表現である。
大阪の南、通天閣に心斎橋、動物園が見えるごちゃごちゃした繁華街一帯が彼女の生活の場である。私は昨年の今頃に美少女「青いターバンの少女」に会いに大阪市立美術館に行った。美術館はこの一角にある。大通りに面した建物は殆どがコンクリート造りに変わっていた。裏町を歩けば映画の雰囲気にあった町並みに出会えたのだろうか。寅さんは裏町の宿屋に泊まっている。そこは番頭役が息子の雁之助という家族経営である。宿賃は前払いというのは思い当たる。新大阪界隈のビジネスホテルに泊まったとき前払いさせられたことがある。人相を見られたのかとカンに障ったが、客は皆前払いしていた。あるレベル以下の宿では当然の風習であったらしい。
マドンナとのだだ一度のデートは生駒山であった。その山腹に宝山寺がある。ケーブルカー駅からの参詣道の両脇にある店の賑わいは今も続いているのであろうか。大阪と奈良を分ける山脈は北から生駒山、信貴山、二上山、葛城山、金剛山と連なる。それぞれに日本の古代史、中世史に名を残す遺跡が散在する。近世そのものの町並みを残すという富田林市もその西麓に繋がる。私は関西に長く住んだのにこの地域に多くは足を運ばなかった。楠木正行:「返らじと兼て思えば梓弓なき(亡き)数にいる(入る)名をぞとど(留)むる」の観心寺と相撲元祖・当麻蹶速(けはや)の当麻寺ぐらいである。
正行の歌は、今時流行らぬかも知らないが、勝ち目の薄い合戦に出向く武将が寺門の扉板を過去帳に見立てて大書したと太平記に伝わる。悲壮でロマンチックでやっぱり日本人の心の原点だと思う。その遺墨が寺に保管されていたように記憶する。遺跡の風景は大都市のベッドタウン化でどんどん変化している。よりすぐれた遺跡と調和のある町並みになるのならいいのだが、何処も大阪近辺は景観の貧しい町に変わる。だから多少の悔いを感じながら、宝山寺の参道シーンを食い入るばかりに眺めたのかもしれない。

('01/06/27)