
- 国際的な話題になった扶桑社「新しい歴史教科書」が「新しい公民教科書」と共に市販本となって三省堂書店千葉店の店頭に出た。山のように積まれていた市販本は見るたびにどんどん減って行く。一昨日その店の売り上げベスト・ワンになっていることを知った。国民の関心の深さが判る。市販本のコーナーには批判側の著作も数種積まれている。また市販本の代表執筆者の分厚い一般向け著作も並んでいた。百家争鳴は結構だ。取り敢えず教科書だけを買う。批判側の本もと思い、真っ先に並べられた複数著者による「いらない!「神の国」歴史・公民教科書」をペラペラめくったが、題名も中身もいわゆるアジ演説型のようなのでやめにした。他の批判側著作も著者は同じ連中のようだった。
- 高い関心を呼ぶ理由は色々あるだろう。私には2つある。1つは歴史の潮流を現代はどう教えているのかという疑問である。マスコミから聞こえてくる論争はいわば歴史事実末梢の表現技術の問題である。しかし末梢の表現には歴史認識という背骨が関わっている。これは全体を読まなければ判らない。もう1つは現代の民族自覚の空洞化に対する危機感である。最近のいい例がサッカーW杯のボランティア応募数である。今日の毎日新聞では韓国では必要人数の2.6倍、日本では半数と言う。必要人数はほぼ同じで、総人口は日本の方が韓国の2.8倍である。単純に数字化すると韓国国民は日本国民より15倍民族行事としての意識が高い。一人一人の幸福は所属社会全体の幸福が前提条件で、そのためにはときには社会への忠誠を優先せねばならぬこともある。歴史が壮大な実験経過と結果を教えている。今の日本の教育では国際優先で、民族を伝えるのに何か逡巡があるのではないか。
- この歴史教科書はページの半分を明治維新以降の近代現代に当てている。今生きる世代との繋がりに重点を置くのはいいことだ。江戸時代までは殆ど日本史、それからは世界の中の日本である。私はその時代をまともに学んでいない。歴史教育の時期は二次大戦開始から占領終了までの間に挟まっていた。せいぜい明治維新を飛ばして学んだ程度と思う。サンフランシスコ講和条約が発効したときはもう理系の大学生だったから、ついに性根を入れて勉強する機会は訪れなかった。この第4、第5章を通読して素直に世界史の潮流を見事に捉えていると思った。
- 重要なのは第45項「近代日本が置かれた立場」の中の記述 1. 弱肉強食の国際情勢だった、 2. 中国では古来からの中華思想が日本のような危機感を育てなかった、 3. 朝鮮は中国の服属国だった。 4. それが欧米それから日本の侵略を許す背景だとしたことであろう。それを認めないと確かに異議異論が噴出する。しかし明治時代は明治時代の、大正時代は大正時代の正論で対処せねば永遠に怨念と復讐に満ちた地獄になる。今の時点で云えば信じがたい悪行であっても、その時代では百鬼夜行の1つにしか数えられない事件もある。今話題のTVドラマ北条時宗にその内に出てくるかも知れないと思うが、対馬の島民から切り取った手首を舳先に並べて押し寄せる蒙古軍高麗軍を、極悪非道と罵り憤っても何の役にも立たない。中韓の政治家やマスコミの言動には、この種の思考が多いのではないか。国家思想としてのホロコーストは適切に語られていると思う。南京虐殺は証拠不十分とはしながらも取り上げている。これは国家思想ではなかったから、戦争被害の1例となっている。歴史書としては当を得ていると思う。
- 何時までも歴史認識問題が尾を引く。中韓は外交カードとして意図的に使っているとも思える。本当に終結するつもりがあるなら、まず、日本語にした彼らの国定教科書を見たい。日本人はいつも遠くでゴロゴロを聞いているだけだったから、そろそろ雷神の本体を知りたいと思っている。次ぎに、「新しい歴史教科書」を中韓を含めた出来るだけ多くの外国語に直して出版し、世界の反響を聞いてみたらどうだろう。日本のこの教科書は8種類の1つであること、争点をその他の日本の教科書がどう書いているかも併記し、教科書採用の選択権が何処にあるかも記載するといい。
('01/06/15)