
- 深川海辺の州崎の悪所で売りもの買いものの御職を張る楓という源氏名の女の物語である。悪所、売りもの買いもの、御職はいずれも映画の中で語られる語彙であるが、今では殆ど死語だろう。悪所とは遊郭岡場所、売りもの買いものは遊女女郎売春婦、御職とはナンバーワンの遊女で花魁のことである。深川は江戸時代には私娼地帯だったから、明治以前はおそらく花魁など言う言葉は使わなかったろう。この劇では深川芸者衆と一緒にお座敷を賑わしている。立派な鉄道駅舎の2階の洋風レストランで楓がばあやとコーヒーとケーキを注文する場面がある。人々は和装が殆どだがマントを纏っており、ボーイは洋装、ウエイトレスは着物にエプロン、町には人力車、軍人は勿論洋式軍服だが日本刀ではなくサーベルを佩いている。遊郭に電話が入っている。時代は明治後年なのであろうか。
- 永井荷風原作久保田万太郎戯曲阪東玉三郎監督吉永小百合主演の'92年制作作品である。楓は18歳で妾奉公にあがり旦那の急死で里に戻るが、家の困窮のために自ら女郎に身を売る。まだ若いのだからと自分を励ますシーンが終わりの方にあるので27-8まで廓勤めをしたのであろう。吉永小百合は正にその人物の年齢に相応しい演技を見せる。もう少し色気が多い方が花魁らしいと思うほど若々しい。当時の彼女の実年齢は47歳だから驚くべき化けようだ。撮影もアップは少し露出過剰気味の白黒で年齢の違いをうまくカバーした。花魁だが新造やかむろの取り巻きはいない。座敷持ちではなく部屋持ちの女郎である。新開地のためか明治に入ってシステムが崩れたのか、格式高い本式の花魁ではなさそうだ。樹木希林が楓付きの遣り手(?)を演じる。堂に入ったものである。欲を言えば強欲さをもっと出したら良かった。抜け目のなさは結構面白かった。バックミュージックを純邦楽としたのも効いている。
- 江戸時代を扱った小説では、身売り金を受け取った時点で親兄弟の縁は切れるとしていたと思うが、明治以降はけじめもなしにずるずるっと女があてにされる話が多い。楓は両親と妹、それから別途に元旦那との間に生まれた子をずっと養い続けるのである。そのために折角の結婚約束を反故にし、相手に畜生になり果てた身は非難覚悟の上と弁解する。男の自殺で毒婦の汚名を着、流石に落ち込むが、客に、割り切らねば泥水を飲んできた甲斐がないと諭され、身請けされて行く。畜生、毒婦、泥水などはもうその意味では使われなくなった刺激が強い言葉である。映像は耽美派の作品らしくただただ美しく、裏を流れる悲しい事情は殆どが言葉のやりとりから察するように仕向けてある。
- 吉川英治「宮本武蔵」を読み返してみる。京六条柳町の遊郭に遊ぶ風流人の描写が風の巻に出てくる。お相手の吉野大夫は当代一流の文化人と評判の美女である。雪景色の田舎屋で牡丹を焚いて客をもてなす。吉岡傳七郎を切ったばかりの武蔵に、鉈で愛蔵の琵琶を真二つに割って見せ、強くも響けば柔らかくも響く楽器の秘密に例えて、張り過ぎた心を諫める。「咲きつつも何やら花のさびしさは散りなん後をおもふ心か」と座興に読む。我が身と花を重ねているのである。この小説の中でも出色の場面である。彼女は2人の引船(新造)と1人のかむろをかしずかせている。大夫はかむろの少女時代から廓で訓練を受けて育った。頃は戦国がやっと終わった家康の頃であろう。
- 江戸に中心が移り高級風雅サロン的雰囲気から有産町人階級の遊び場に変わると共に大夫の技芸の質が下がり、やがて呼称も廃れる。代わって、花魁が座敷持ちの上級妓の尊称になった。時代が下がると共に花魁の幅も広がり、下の方までそう呼び合うようになったらしい。一口に廓と云ってもピンからキリまで何段階もあって、虚々実々の和事の世界を納得ずくで演じ合う高級青楼から性の処理だけの売春宿まで様々である。廓を傾城にとっては阿鼻叫喚の地獄のように表現する人もあるが、キリではあるいはそうであったのかも知れぬものの、当時の社会思想も含めて果たして全部をそう言いきれるものか。
- こんな映画があったとはビデオ屋に行くまで知らなかった。廓の世界は遠い過去のものになった。私の年代でさえそれこそ肌で実地に知っている人は殆どゼロだろう。それを映像に出来る人は尚更少なかろう。だが、それが判らないと戦前の文芸作品は踏み込んだ理解が出来ない。記録映画ではないが、それらしき雰囲気をよくぞ描き残してくれたと礼が言いたい。
('01/06/05)