
- 昭和29年9月26日タイタニック号に次ぐ規模の海難事故が函館沖で発生した。青函連絡船5隻−洞爺丸、第二青函丸、北見丸、日高丸、十勝丸−が台風15号マリー(後に洞爺丸台風と命名)の日本海側通過により沈没し、多くの人命(計1420名)が失われた。その大半は洞爺丸の乗客である。洞爺丸は防波堤外1.5kmの地点で投錨したが効果なく機関は浸水停止、台風に引きずられ浜まで700mのところで転覆した。夜11時前であった。この台風通過に合わせて岩内で火事が発生し、たちまち全町を焼き尽くす大火となった。
- 水上勉原作内田吐夢監督の東映映画「飢餓海峡」は、質屋一家皆殺し事件をこの2つの事件に絡めたスケールの大きい社会派推理劇である。昭和40年に製作された3時間に余る大作である。皆殺し事件の方はどうやら作家の虚構らしい。遭難連絡船は層雲丸それから事件の時代設定を実際より7年遡って昭和22年としている。敗戦間もない時期に変えたことで物語をより劇的なものにしている。まだ白黒だがシネマスコープ型の横広画面になっている。「御宿かわせみ」や「鬼平犯科帳」でやったのと同じ感覚で、まず犯人の足取り刑事の足取りを時系列的に辿ってみる。原作は読まずに古い映画の聞き取りにくい録音から判断するのはなかなか困難である。特に津軽弁で話される下北半島の地名は判りにくかった。
- 質屋と犯人が出会った場所は雷電朝日温泉である。ニセコ積丹小樽海岸国定公園の雷電山麓日本海海岸から川に沿って2kmほど登った位置で、今でも山道しか通わない湯治場のようだ。質屋殺しの現場岩内町はニシン漁盛時は賑やかだった町だが、今は次第に人口が減少しつつあるという。映画に出てくる国鉄駅は岩内線廃線で無くなっていた。小沢と結んでいた短い支線であった。犯人達は層雲丸遭難の騒ぎに紛れて小舟を盗み下北半島の仏ヶ浦に漕ぎ渡る。途中仲間割れから務所出所組の2人は第3の男に消される。
- 仏ヶ浦は観光ガイドブックにも出てくる岸壁岩礁の名所である。恐山から森林鉄道に便乗し、バス経由で大湊に到着する。大湊には花街に女郎屋が80軒あるという台詞が話される。海軍軍港時代を引きずっているのである。男は森林鉄道で知り合った女を訪ねてその1軒に行く。その女は娼婦であった。刑事は男が娼婦を訪れたところまで突き止め、その女を出身地に近いという湯野川温泉に訪ねて行く。映画の中の看板には湯乃川と出ていたので湯野川と同定するまでは少し時間がかかった。決め手はインターネットによる温泉調査である。便利になったものだ。ここからあとの東京と京都府の舞鶴には特段の興味は湧かなかった。私にはどちらにも多少の土地勘があるからだ。
- 恐山信仰がこの映画の雰囲気を盛り上げている。プロローグ、エピローグの両方で流れるご詠歌風の霊媒讃歌。男が恐山で垣間見るイタコの口寄せシーン。そのときの霊が乗り移った最後のあたりはハレーションを効かせた撮影で迫力満点である。楼の一間で恐山の雷鳴稲光に恐怖を覚える男に娼婦がイタコを真似て戯ける一コマもいい。彼女も亡母の法要でイタコを呼んだが、口寄せなど迷信だと切り捨てる。霊の地位が微妙な立場になり出した時代なのである。私にも思い当たる時代だ。
- 娼婦を左幸子が演じた。律儀で純な気持ちを持ち続ける娼婦を見事に演じた。素人に戻りたい願望を父に漏らす湯野川温泉のシーンは哀れである。小学校を出て働きに出たところが女郎屋で、神経痛持ちで稼ぎが少ない樵の父親と幼い家族のために、借金で足が抜けない生活を送っている。男は盗んだ80万円の内3.4万円を女に恵む。泊まり無しの娼婦の値段が50円と云ったから大金だ。彼女は借金を清算して東京へ出るが、すさんだ町で堅気に生きるのは難しい。ヤクザやちんぴらの出入り、警察の手入れ、路上の浮浪児の生態など雇われた飲み屋の客引きとしての目から怖かった当時の世相が物語られる。よく撮れている。結局赤線に逆戻りして10年目に売春防止法施行前となり偶然新聞に男の記事を発見する。舞鶴で過去を隠そうとする男と礼を述べようとする彼女の間で悲劇が起こる。絞め殺すまでの経過がちょっと長々しすぎた。もうちょっとテンポよく描かれていたらもっと良かった。
- 男は三国連太郎が演じた。6尺の髭面の大男は怪力でもある。この体力は漂着した仏ヶ浦で小舟を小割りして岸に持ち上げるためと彼女の殺害に利用される。あくの強い本式の関西弁を使う。左幸子の津軽弁と掛け合うときは方言がもたらすコミュニケーション技術への効用を思ってしまう。白黒映画だが、言葉はカラーフルなのである。彼の演技の真価は東舞鶴警察署に参考人として出頭してから容疑者として留置され、最後は刑事と共に連絡船で津軽海峡を渡るときに海に身を投げる後半で発揮される。追いつめられるシーンは警察署長藤田進、主任高倉健それから執念の元函館署主任伴淳三郎との共演で見事に仕上がった。取り調べのシーンも男っぽくて良い。刑事の職業意識が伝わってくる。犯人の善良に生きようとしながら殺ってしまった心の闇をちょっとした所作と言葉の抑揚声量などで三国は観客に伝えてくる。
- 遭難と救助現場の緊迫感もよく伝わる撮影であった。
- 近頃は雑で素人っぽく独りよがりな演技が多くなったせいか「飢餓海峡」には大いに満足した。今年のカンヌ映画祭には日本からの応募が多数あったが1つも賞が取れなかった。演技力の低下が目の肥えた審査員達に映らぬはずはない。名作から学んで欲しいものである。
('01/05/22)