
- 食文化という言葉がある。身体の入口の文化である。出口の文化だってあってよい。だがそんな概念を表す言葉は、専門家にはあるのかも知れないが、我々一般には聞こえてこない。糞文化というのも尾籠だから、ここでは便所文化と仮称する。
- 私が便所に興味を持つようになったのは小学校から中学校に上がる頃からであった。敗戦直後で活字に飢えていたせいもあったろう、親の書棚から引き出して読んだ一冊に文化の進化レベルの比較が便所の構造で出来るという説があるとあった。水洗便所が最も進化した姿で、野糞式の垂れっぱなしが一番野蛮だというわけである。当時の日本は汲み取り式主流だったが、欧米はもう水洗化していたであろう。名はとっくに忘れたがさる欧米の学者が唱えた学説で、白人優越思想が見え隠れすると批判してあったように思う。確かに便所だけで文化の順位を付けられてはたまらん。便所に絞っても、今の資源循環思想から云えば汲み取り式はその極致にいるわけだから、水洗より優位と判断する人もなきにしもあらずだろう。そんな議論はともかく私は大げさに云えば便所の歴史的変遷、民俗的バリエーションに興味を持ち続けることとなった。
- さる大名屋敷の便所は3畳敷きだった。社寺の雪隠なども作られた時代を考えれば大概に立派なものである。江戸町民長屋の共同便所は博物館で見た。鎌倉時代の屋敷跡から回虫の卵を含む土が掘り出され、その位置が汲み取り式便所のあとであると判明したなんてな記事が出たのは何年昔の話であったろうか。王朝文学で女官の下の世話を受け持つ蓋付き木箱があることを知った。外国ではどうだったろう。中国の古代文明展に展示された便所の模型は人糞を豚が食う構造であった。完璧なリサイクル型である。ヨーロッパの古い便所を見学した記憶はないが、D.マッコレイ:「キャスル」、桐敷訳、岩波書店、'80に13-14世紀のイギリスの城郭の便所が精密に描かれている。城内は汲み取り型、城壁は便座だけの垂れ流し式であったようだ。ボルネオ内陸の探検報告では、水上家屋で完璧な水洗型だそうだ。
- 奄美大島名瀬市立博物館の外庭に移築された旧民家を見学した。明治時代に建てられ、昭和30年代に改増築されたと立看板に記されていた。増築部は風呂と便所だそうだった。私の住む千葉県にはあちこちに旧民家が移設展示されている。近くでは木更津の太田山公園、印旛沼近くの房総風土記の丘や房総のむら、野田市の清水公園などが思い出される。確実ではないが、千葉の展示されるほどの民家には屋内の便所は初めから付いていたように思う。奄美大島の民家の増築前はどんな処理法だったのであろうか。那覇の県立博物館には民家の模型が展示されていた。便所が見当たらないのでどれだと聞いたら怪訝な顔をされた。別建物だったか野糞だったかはっきりは答えなかった。昔は糞が豚の飼料になっていたと説明してくれた。資源が乏しい島だからと付け加えた。
- 昔の臭い場所を旅先で見知らぬ人に真っ正面から聞くのはどうも気が退ける。文化を正統に記録しているはずの博物館でも、そこまでは気が回らないのか、情報を手に入れ難かった。趣味の便所文化研究だから、ぼちぼち気が付いたらやる程度で良いのだと自分に言い聞かせた。
(2000/12/08)