飛鳥クルーズ


連絡橋も新幹線もなかった時代には、四国あるいは九州との往来に別府航路の客船をよく利用した。交通の便が格段に改善されてからは、船と云えばフェリーボートであった。外洋で波があると船酔いしやすい、エンジン音が喧しくて夜寝付けない、昼間の景色は素晴らしいが兎にも角にも退屈な乗り物だというのがこれまでの印象であった。この記憶が初めての船旅、飛鳥南西諸島クルーズ乗船を幾分躊躇わせたのは事実である。
船が東京湾を出て大島のあたりで東に向きを変えた頃から風波が強くなり始めた。私は一寸だけだが大学時代にヨットをやっていたことがあるので、波と風のおおよその状態が判るのである。波は白波が出ているから3m、風は15m/sと読んだ。フェリーで酔った記憶が蘇って嫌な気分になった。だが、一向に船酔いしないのである。フェリーは最大1万トン程度だが、こちらは3万トン近いから波にも風にもずっと強いのだろう。それからフェリーにも近頃のには付いているが、スタビライザーと称する水中翼が付いていて、その操作で横揺れを防ぐ。甲板から覗くと、海中をイルカが泳ぐような姿で、明るい青色の水中翼が水を切っているのが微かに見える。食堂のテーブルにも個室のテーブルにも、おおよそ落下防止のための工夫は何も付いていないから、食器や花瓶が走り出す事故は考えられないのであろう。
出港時になると急にエンジン音が甲板にまで響き始めるのが昔の客船であった。ところがこの船はえらく静かである。機関室を見学して、エンジンと船体の間に防震ゴムが挟まれていると判り納得した。それにエンジンはスクリュー・シャフトに直結している。途中に変速機がないからその騒音もカットできている。スクリューは可変ピッチで、後進の時も羽根の角度をひっくり返すだけである。
防震ゴムを突き抜けて船体構造物に伝わったエネルギーはどこへ行くのだろう。鋼材は弾性体に近いからあんまり吸収剤にならない。結局それに接する床、天井、壁それから外側の海水などで吸収する。お船の設計は上階に行くほど鋼材の使用量は減らしていようから、やっぱり一番上の10階のキャビンは少しは静かなはずである。だが、あとで継ぎ足したどこかのビルのように、上階はプレハブ造りになっているわけではないから、心持ち静かという程度だろう。鋼材はエネルギーの大動脈で、吸収剤が毛細血管に相当するといったら判りよい。それに重心に遠離る分だけ揺れる。てなことを言っていると、部屋の大きさ、構造、装飾その他は別問題とすれば、部屋の選択はエンターテイメント機能が集中している中間階中央部分が良いということになりそうだ。
那覇新港を出航するときタグ・ボートが艫にロープを掛け、岸壁に直角に引っ張っていた。やけに船首の方の海泥がわき上がるように見えるので聞いてみた。舳先にはバウスラスターというやはり直角方向のプロペラが回って船の離岸を助けるのだそうだ。
客を退屈させない催しは毎朝の船内新聞にぎっしり発表される。ミュージカル・ショー、手品、漫談、落語、ピアノにバンドにと色々あって忙しい。映画の常設館もある。勿論毎日上映映画が替わる。「男はつらいよ寅二郎恋愛塾」は始めて見た。このシリーズの中では出来のいい方だった。講演会にゲーム、クイズ大会。ゲームの景品に貰った時計は飛鳥オリジナルだった。クイズで聞いたコーヒーが脂肪の燃焼に役立つという話は嘘か本当か、未だに気にしている。お茶席、生け花はなかった。ダンス好きには絶好の環境である。社交ダンスは講習会で初歩から教えてくれるらしい。船長招待のパーティにはこれが付き物である。セイルアウェイ・パーティとかデッキでの昼食会でも踊っていた。食事は和洋中心で間の時間帯には出入り自由の喫茶室、バーが店を開いている。すし屋には寄らなかった。摂生したつもりでも体重は2kgは増えた。
色々思い出すが、船旅の中心は周囲と会話を楽しみながら摂る晩餐会であろう。1時間ないし1時間半たっぷり掛けている。ドレスコードに従って毎日衣装を替えてくる人々を眺めるのも楽しいものである。始めはぎこちなくても追々顔なじみになって自然と言葉が出るようになる。クイーン・エリザベス二世号では今でも階級制で上のランクが使う空間には簡単には入れないという話はそんなときに聞いた。我々日本人にはそぐわない制度で経験者の評判は良くなかった。飛鳥はそんな区別をしない。病みつきになって世界一周を4回重ねている老夫婦もいるそうだ。とにかくレピーターが多い。どうしても引退組の長期間旅行になるから平均年齢はぐっと高くなる。70歳までは洟垂れ小僧である。連れ合いに先立たれてという一人客はたいていご婦人であった。若手もそこそこにいた。女性ばかりのペアが何組か、だがたいていは夫婦である。新婚さん1組、新婚さんは待遇がいいからお勧めである。多いときで定員の7割ぐらいの乗船率であった。
TBSの昼の時間に今日(12/7)は飛鳥が9年前に一般に初公開された日だと、一部今回クルーズの映像を入れて紹介していた。

(2000/12/07)