
- 偶然かも知れない、偶然でないかも知れない。過去の栄光を改めて紹介する報道が続く。毎日新聞経済面の連載記事「日本の中の世界一」は101回を数えて終わった。良い企画だった。まだ続いているNHK「プロジェクトX」もなかなか見せてくれる。どちらも開発に成功した日本オリジナルの技術を紹介している。私が定期購買しているさる大学の学生新聞は、この一年間、嫌みなほど盛んに功成り名を遂げた先輩連の講話をトップ記事にしている。こちらは分野を問わない。漠然とした先行き不安がマスコミや社会全般に広がっているようだ。10年前に先進国の頂点に一気に登り詰めた日本の実力の源泉は何であったかと「歴史認識」しようとしているかのようだ。
- コツコツと技能を極める修練は嫌がられて後継者不足を来たし、日本の製品を支えていた中小の町工場が次々に姿を消す。その一方で、就職は超氷河期と称されている。好かぬ職業に就くぐらいならフリーターとか脛かじりを選ぶ風潮があるという。社会的ひきこもりてな選択肢が出ているそうだ。公園や地下道にはホームレスが一杯で、焼け野原のガード下に戦災孤児がいた二次大戦敗戦直後以来の風景である。私は経済には疎い。だが、国を支えるのは何よりも人と社会だから本能的感覚的に、日本はいかに財政出動をしても今以上に好景気にならないと思う。これは以前にも書いた話である。景気対策は子孫に背負い切れぬ負債を残すだけに終わるのではないかと恐れている。
- 理工系実力の横断的比較に最もよい物差しは数学である。これでまず検証してみよう。数学のノーベル賞、フィールズ賞は京大の森重文先生が10年前に受賞されてからご無沙汰である。小平、広中と続いた系列がここらで途絶えるのかと思うと寂しい。数学オリンピック団体順位は10年前の北京大会に初めて参加して以来7-20位の間をうろうろして来たが、最近は成績が下降気味で昨年は15位である。いつの間にか開成とか灘とかの有名進学校だけに選手が固まる傾向が著しく、地方人材の枯渇を示すようで心配である。中国は常にトップあるいはそれに近い成績であり、ロシア、アメリカも上位の常連である。韓国も日本を上回る場合がここ10年の傾向のようである。産業に関係深い技能はどうか。技能五輪は参加し始めた頃はかくかくたる成績であったが、最近は鳴かず飛ばずまでは落ちていないものの昔日の日の出の勢いはない。数学も技能も世界人口順位の5-6位ぐらいはあって良いはずだ。
- 働き蜂、労働中毒と悪し様に云われたほどの高い勤労意欲、強い帰属意識と帰属集団に対する忠誠心、単一文化に基づく高能率その他過去の発展を支えたある意味では貴重な社会精神遺産が失われて行く中で、何をその代わりと出来るのであろうか。毎日とNHKの終局の結論は経営者の執念、技術者の執念、研究者の執念であったと思う。毎日の11/14第4面に出た担当記者の総括「失敗を許す余裕と器量」というのは執念が生きる環境作りという意味で当たっている。だがそれ以前に、執念根性が勤労意欲などと共に社会の美徳であると誰もが評価した時代が去った今日、代わる推進力driving forceとは何か。
- それはおそらく破格の成功報償であろうが、上述のどの報道でも日本ではささやかな老後の安定生活の他には与えられてはおらないと言うことのようだ。そこが心配なのである。農民は心配して嘆くしか能がないとは「七人の侍」で聞いた名台詞だが、私もその農耕民族の血を引いて少し悲観的に過ぎるかも知れない。社会は変わるもの。自由平等主義、個人主義、多価値主義その他現代の日本に根付こうとしている新しい風は、別の意味では大いに歓迎されるべき性質のものである。しかし、経済回復の原動力にはならず、昔との比較では多分に負に働く。
- 一度は世界の頂点に立った日本のバレーが、誰とは無しにもう大松監督の根性時代でないと言い出してからどんどん成績を落とし、今年はついにシドニーのオリンピックにも行けなかった。毎日には本田技研の本田宗一郎社長が時には開発者に拳固を振るった話も過去の無垢でおれた時代の回顧談として出ている。これは執念を強制した話だ。NHKではマツダのロータリーエンジン車の四面楚歌の中での奮闘がドラマチックに描かれていた。社主の親父さんに取りすがれた時代は良かった。猛烈社員が死語になったこの時代に昔執念とか根性と言った仕事姿勢を取り返すには、一般には、万事がお金のいまでは思い切った金銭評価しかないのではないかと重ねて思う。
- 昨日大学のクラス同窓会。現役を続けている人もいる。引退した人もいる。僭越ながらと前置きの上、若い世代へ、一度は上り詰めた諸氏の経験を語り継いで欲しいと一言お願い申し上げた。
(2000/11/18)