
- 少年の頃の日本は鍵無用の道徳社会で、夜の戸締まりぐらいはやったが形ばかりだった。鍵はあるにはあった。でも市民に一般的な鍵は全くチャチな構造で、先を曲げた釘一本で簡単に開けられた。私も遊びでやってみたことがある。錠前はずしと云っていた。
- 日本に現存する一番古い鍵は正倉院のものだそうだ。庶民一般にお馴染みになったのはおそらく江戸時代からであろう。鬼平犯科帳はその江戸中期が舞台である。そこでは盗賊の錠前破りに4種類を挙げている。一つがこっそりと鍵の蝋型を取り合鍵を造る方法で、もっとも多用されている。二つが金鋸で錠前を切断する方法で、あまり見ない。三つは侵入後主人を脅して鍵を開ける方法。四つがこの錠前はずしである。「盗法秘伝」では一人働きの老盗伊砂の善八が「鉄製の細い火箸のようなものに、・・・数本の元結いを使い」苦もなく錠前を開ける様子を描写している。テレビでは善八をフランキー堺が演じた。軽妙極まる演技でシリーズ第1の傑作であった。警察が公開したピッキング用具とそっくりな道具を持つ盗賊も出てきた。「侍松五郎」であったか。こんなふうに錠前師の伝統?はあったが、ごく最近まで殆ど話題にならなかった。
- 中国人窃盗団の活躍?でこの犯罪技術がピッキングという名に衣替えをしてすぐに定着してしまった。検挙後中国に送還されてもすぐ別人になりすまして入国してくるという。裏に中国官憲の協力ありなどと囁かれている。昨年が6000件余り、今年の予想ではその倍と云い、刀剣所持で侵入し、中に家人がいると強盗に居直るケースも報じられた。パトロール中の警官が銃創を負ったのはついこの間である。私の町内自治会でも議題の一つになるほど日本では大きな問題になっている。全部が中国人だとは云わないが、人口比では圧倒的に中国人比率が高いのは事実のようだ。中国にとってまことに不名誉な話である。しかし、もはや座視できぬ。河野外相殿。外交問題の一つとして「犯罪輸出」を取り上げるべき時期に来ているのではないでしょうか。
- 国内対策の一つに警察強化が挙げられる。警察白書'85年版には、そのころの検挙率が90%に近かったことが示されている。日本が治安の良さを誇った時代だった。それが現代では3割を切っている。犯罪数が5割以上増加し、検挙数が半分以下になったためである。あるレベルを切った段階から犯罪者は検挙を恐れなくなる。今はもうそのレベル以下である。せめて検挙率を50%に戻すために警察官を増員しよう。次ぎに自衛の為の武器携行を一定の認可条件に合致したものに対して許可するようにしてはどうだろう。申請者には訓練と倫理教育を行い、最後に申請者と申請理由を公表して一定の市民による異議申立の期間を置く。犯罪歴の公表は当然必要である。鬼平の時代の泥棒のように、犯さず、殺さず、貧しき者からは奪わずであれば蜂に刺された程度の痛みであろうが、今多発する犯罪はそんな生やさしいものではない。現代のような完全丸腰状態は日本史始まって以来のことで、しかも世界でも例のない素晴らしい実験であったと思う。この実験は半世紀にわたって成功裏に継続できた。だが、この成功はわが国の伝統文化が息づいていたからこそであって、大陸系の悪質な犯罪体質が、少年層あたりから社会思想としても日本を覆い始めている今日では、これ以上を望めないであろう。戦前程度の家庭の武装は当然必要であろう。
- 犯罪者が社会正義を恐れない理由の一つに刑罰の軽さがある。重大事件が起こるたびに比較されるが、殺人、麻薬、少年犯罪などで記憶に残る比較例はわが国の刑罰がいかにも低すぎると云うことである。犯罪者の更正に重点のある今日の制度は「(犯罪者が社会の)善意に報いる」「報恩」の社会道徳を前提にした世界に希な素晴らしい法体系の一環で、半世紀にわたり継続できたことは誇らしい経験であった。しかし大陸系犯罪思想は性善説など吹き飛ばしてしまった。日本を世界に開放した副作用の一つである。刑罰も世界平均に近づけねばならぬ。差し当たっては刑罰の幅を重い方向に広げ、被害者の声を裁判官が酌量する制度を取り入れる、つまり被害者の痛みを刑罰の抑止力増強に役立たせるべきである。
(2000/11/07)