金大中大統領と朱鎔基首相


金大中大統領のノーベル平和賞受賞をお祝い申し上げる。韓国と東アジア全体において民主主義と人権を追求した氏の業績、特に北朝鮮との平和と和解を求めた業績に対する授与であると委員会は発表した。まことにその通りと思う。わが国では韓国の政治は常に大きく報道されるが、その長年の報道で私の頭に徐々にインプットされ蓄積された氏への評価がそっくり要約されていた。
中西輝政教授が毎日新聞(10/15)の「時代の風」に書いておられるように、世界の期待とは裏腹に南北融和には何時破綻を来すか判らない心配が付きまとう。確かに、最近のイスラエル紛争はアルファト、ラビン両首脳に贈られたノーベル平和賞は何だったのかと思わせる。「世界の期待」を「破綻可能性」承知の上で、少しでも歯車を回すために、双方のたまたまの政治的ゼスチャーに賞を贈ったというのなら判るけれど。イスラエルでは軍事力が決定的にユダヤ側優勢だから簡単に武力に訴えたがる、しかも顔が見える位置まで互いに接近して生活しているから摩擦の種は無限に転がっている、しかし南北朝鮮ではそこが違う、と楽観論者は云うかも知れない。それに二次大戦後政治的理由で突然イスラム教の土地に人工的に作り出されたユダヤ国家内の2民族と、半世紀前まで同じ民族感情を同一植民地で共有していたもの同士では土台が違っているとも云うであろう。イスラエルでは1人1人の敵意が凝り固まって牙をむいているが、南北朝鮮間では素朴な民衆の感情としては敵意は感じられないとも云うであろう。だが、「優れた」国家指導者(単数)が、1人1人の個人感情など意に介せずに、「将来を見据えて英断」を下す体勢が朝鮮戦争を引き起こしたのは事実である。この体勢が続く限り突如の破綻は常に考えて置かねばならぬ。瞬間大量殺戮兵器が実現した今日国家は全て「独裁」「英断」体勢であってはならない。北朝鮮の体勢は「独裁」「英断」型ではないかと世界中が疑っている。
ノーベル平和賞は「民主主義」布教団体の高度に政治的な手段の一つである。平和への貢献よりもこの意味の方がアジアでは重要である。民主化方向に一旦進み出すと、揺り戻しがあったとしても長くは続かず、民衆は確実にその方向に歩みを進める。金大中大統領の過去を読めば、韓国における民主化への貢献度は抜群のものであることが理解できる。氏は、わが国での韓国特務警察による拉致事件を始めとする生死の境を何度も潜っている。世界の政治家の中には類似体験を持っている人は何人もいるであろうが、度重なる体験という意味ではこの方の右に出る人はいないだろう。大統領は金正日総書記が共同受賞でないことに気遣っておられるが、決定的に違うこの民主化に関する経歴は、大統領だけの受賞を十分に正当化する。
朱鎔基中国首相は悪い時期に来日された。折角のリップサービスやゼスチャーも余り大きくは報道されなかった。あまつさえ中国人の65%が嫌いな国に日本を挙げたという世論調査の結果や、今日本人が一番神経を尖らせている中国人グループの凶悪犯罪がタイミング悪くまたも飛び出して散々だった。中国報道機関は訪日成功と評価したけれども我々から見れば今までの中国要人中で一番成果の無かった訪日である。トキ美美の贈り物は全国に大きく報道され日本人に感謝されたが、それは逆に日本の累計2兆数千億円に達するダントツの経済援助を中国人が全然知らず、知っていても単に銀行から借りたのと同じといった評価をすることと対比された。国債として市場で借りてご覧、中国の信用度ではこんな金額を誰も貸してくれないし、借りられたとしても目の玉が飛び出るほどの金利を伴うことを中国人民は全然知らされていないのである。原爆を持った軍事大国であるだけに、中国が情報統制誘導をする体勢にある恐ろしさを感じさせられた。

(2000/10/17)