
- 歴博で民博館長石毛直道先生の講演「東アジアの食文化」を聴いた。食文化から考えられる日本文明圏なんてあるのかと質問してみた。ハンチントン「文明の衝突」に、現在世界の7大文明圏の1つとして日本文明圏が数えられていることを踏まえての質問である。10分にわたってお答え戴いた。直接的な回答ではなかったが、文明を形作る多様な文化の一つとしての食文化が日本では他とかなり際立った相違点を持ち、日本文明圏論に肯定的であると私の耳には聞こえた。
- 講演の前にサイン会があった。掲題の本は、その時に並べてあった多くの著書の内、もっとも売れ行きのいい本として書店の店員が勧めてくれたものである。中公新書版でもう18年も昔に出版され、既に15版を数えている。「男子は厨房に入ってはいけない」「直箸はいけない」「食い物の話は品性を下げる」「神棚、仏壇に捧げてから食事をとる」「食事中にはやたらと話をするな」等々思い出すと私の少年期には色んなルールが食事に付いて回った。中年の頃、新入社員が左箸を使うのでびっくりして、将来のためにも右箸に変えるように勧めたことがあった。だが、今や食事の作法はすっかり「民主化」され、禁則も約束事も一般家庭からはなくなった。著者は私とほぼ同い年で、類似の体験を持つからであろう、書かれた内容に思い当たる場合が多い。最終章「家族の象徴としての食事」は、役割からつまり機能からだけでいえば不必要になりつつある家庭がなお存在する理由として精神的な繋がりへの安心があり、その確認の場が共食の場であるとする。
- 日本料理の変身ぶりには目を見張らされるものがある。西洋料理に中華料理最近では朝鮮料理に起源を持つ食物も増えた。ライスカレーのように全部が全部と言えるほど日本料理化されている。アメリカの日本料理レストランでは料理の順序まで洋風化してまずオードブルに酢の物、次がスープの味噌汁と言った順に1品づつ出されお茶はコーヒー代わりに最後に出て来るという。これではまるでフランス料理の日本料理化である。懐石料理風とも言えるが。あちらさんも研究におさおさ怠りがない。新フランス料理の旗手たちは日本風に生地の味を出そうと必死だし、配色の妙、配置の妙に器の調和などが取り入れられていることはよく知られている。今の日本ではお箸にお椀、それから米飯とお茶があれば、おかずが何系でも日本食と認識されるそうだ。「て、に、を、は」以外は何処の熟語でも日本語になってしまうのと何か似ている。
- 日本食と外来料理の付き合いはそんなに長くない。外来料理との接触が長いはずの中国料理や朝鮮料理、それから長い植民地時代を経験した各地の料理は意外にも外来料理の影響が少ないという。釜山の食堂では刺身が魚料理に含まれるようになったとは聞く。それでも韓国の家庭にまで刺身は入り込んでいるかどうかは疑問だ。それ自身が完成度が高い料理であるためか、それとも日本人の舌が進取性に富んでいるためか。
- 著者は日本料理には肉と油が欠けていたのが大きな理由だとする。縄文弥生の遺跡からは獣骨がわんさと出てくる。歴博企画展で礼文島縄文遺跡で見付かったトドとかオットセイの骨を見てきたばかりである。だが、殺生を禁じた仏教のおかげで世にも希な禁欲民族化した。魚はどの時代にも食卓にあったし、鳥鍋は鬼平犯科帳の密偵達の溜まり場の得意料理である。天ぷらも徳川4代将軍頃の上方文献に出てくるそうだ。だから欠けていたのは獣肉と脂である。明治以降我々の食卓にも徐々に獣肉が入りだしたが、まだまだ少なかっただろう。年取った中国人は日本人の平均身長が彼らより3cmは高いという統計に驚くそうである(毎日新聞記事)。戦中に大陸にわたった日本兵士は小さかったという印象があるらしい。大陸では豚肉料理の本場で、当時はずっと日本より多くの肉を食していたのであろう。
- 食文化を極めるために先生はその民族民になりきろうとする。だが対象が我々とはかけ離れた民族であるともう全く悲惨である。ニューギニアの奥地ではまだ土器の使用を知らず、調理法は3通りだけ。灰の中の焼き芋、直火焼き、木の葉っぱの中の蒸し焼き。調味料は塩だけである。それも遠くの塩沢に出かけ、漬けた植物を燃やしてやっと手に入れる貴重品である。不純物の灰が一杯入っている。滅多なとき以外は使われず、普通は食材そのものの味だけという。肉はご馳走中のご馳走だが、ライオンのように食い溜めは出来ないから、乾し肉にして保存するが、時間と共に半腐りとなり鼻をつまんでも食えぬ品となる。それを急いで呑み込むことで、何とか彼らと同じ生活を続けたとある。これは多分ついこの間まで、塩蔵法があったのを除いたら、ヨーロッパでは普通の生活だった。彼らが、異常と思えるほど東南アジアの胡椒貿易に執着した理由が、腐肉の臭い消しであったとは、昔読んだが、先生も体でそう感じたそうである。ともかく民俗学で飯を食おうなんて考えは、生半可な気持ちでは到底達成できぬ幻想であることは事実のようだ。
- 今の少年少女にとって「お袋の味」とはどんなものか。インスタント製品、レトルト製品。母の手が加わるのは半製品(炒める程度)と炊飯器の飯(水加減だけ)、それから料理教本とかテレビで見た一品料理。家伝来の料理など極々僅かで、それも滅多にやらないから味の揺れが大きい。先生が寒村の老婆の宿で下宿的生活をして体験的にだした結論は、「お袋の味」は料理のレパートリーが狭くて初めて出来る芸当だそうだ。飯は毎回、味噌汁は毎日、おかずは週一回交代で同じ物を作るとなると手順もさじ加減も体が覚えてしまう。だが今のように和洋中その他の豊富な料理に追い回される飽食の時代では、いかな専業主婦でも「お袋の味」に到達する前に次ぎに移らざるを得ない。この話もなかなか印象的で心に残った。
(2000/07/21)