青いターバンの少女


「フェルメールとその時代」展が大阪市立美術館で開かれている。京都の高校同窓会に出席のついでにと天王寺公園に立ち寄った。美術館はその中にある。
大阪は公園の少ない町である。東京には大名屋敷の遺産に首都としての体裁が加わったし、京都には古くからの神社仏閣の広大な領域があった。だが、大阪には公園の機能を持つ場所が歴史的にあまり残らなかった。その中で、天王寺公園は例外である。もう90年を越す歴史のある市営公園で勧業博覧会の跡地が基礎という。市に合併される前は天王寺村、阿倍野村であった。その更に元を辿ればおそらく四天王寺の寺領だったのであろう。公園の小高い位置が茶臼山で一帯は住友家の寄贈だという。慶沢園は住友本邸の庭だったそうだ。回遊式の日本庭園で、岩崎家の清澄庭園よりはやや小振りか。美しい庭である。住友本邸の日本家屋が残っていたら一層映えるのにと残念であった。庭園を取り巻く木立に、中小の雑然としたコンクリート建造物が迫っている。洋風でも趣味の良い建築だと庭を引き立てるのだが残念だ。通天閣も相応しくない姿だ。
市立美術館はだいぶ草臥れているという印象だった。建造当時は他を圧するモダーンな建物だったろうが、もう何10年も経っている。住友本邸があったであろう位置に明るい土色の煉瓦壁を見せる。十重二十重と言う言葉があるが、美術館に入場するための観客が美術館を取り巻く様は正にこの言葉がピッタリだった。待ち時間3時間と云う。折角早朝に飛行機で来たのに残念だったが入場を諦めた。同窓会でこの話をしたら週日だったら1時間ぐらいだと聞いた。「青いターバンの少女」には、私の命がまだ続くようなら、オランダでお目にかかろう。もう一度写真の少女を眺める。不思議な絵である。まだ個性が強烈には表に出ていない幼さを残した顔だ。言葉がまだしっかりしない小さい孫に見せたら怖いという。日本では見ない顔立ちで、何かを吸い込むような目つきだからだろう。青いのも「怖い」の道具立てになっているのだろう。
附近は新世界という大阪南の繁華街である。近鉄阿倍野百貨店あたりも混みに混んでいた。驚いたのは雑踏ぶりではない。天王寺公園の柵に沿ってずらりとホームレスの小屋が並んでいる風景であった。天王寺公園は入場料が要るのも驚きであったが、これは新宿御苑並と思ったらよいし、動物園の入場料でもあるからよしとせねばならぬ。だが、繁華街真横にホームレス街とは頂けなかった。夜など一人で通行できるのかしら。大阪で見た話ではないが、百貨店内ベンチに常駐のホームレス、市役所など公立の建物に常駐のホームレスなど、公共機能に障害を与える侵入は断固取り締まるべきである。世の中が甘くだらしがなくなるとホームレスでもいい人種が増える。いくら人の勝手でもこの種のフリーターは困るのである。「人の勝手だろ」とは金沢のお宮で遊ぶ中学生を注意して、私が言い返された言葉だが、場所柄もわきまえない勝手はご免である。もっとも四天王寺は昔から乞食浮浪者の救済場として名高かったから、この界隈では許されているのかも知れない。

(2000/06/28)