徘徊老人とのひととき


ふと頭を上げると、足早だが何か不安定な歩き方のおばあさんが目に付いた。ここは海岸埋め立て地の細長い公園に沿った大通りである。と、目前でふらふらっとして植え込みの中に倒れ込んだ。慌てておばあさんを抱え起こす。近くにいた散歩のおばさんが助けてくれる。一瞬心臓かなと思った。
おばあさんは存外しっかりしていた。別に呼吸が乱れているわけでもなく、まともに挨拶してまた歩き出した。だがよろよろしているので放っておけないと思った。病院か家まで送りましょうと云うと家の所番地を云った。だが知らない場所である。指さす方向は今まで歩いてきた方向とも違うし、その方向には民家は殆ど無いはずである。少し一緒に歩いて色々聞き出す。名前は靴に書いてあった。電話番号を覚えていたのが決め手になった。私が運良くPHSを持っていたので、云われた番号を打ち込むと息子と称する人が出た。養護施設通いの徘徊老人で警察の手まで借りて唯今探索中と云うことだった。場所を云って迎えの車を待った。
車はスムースには来なかった。パトカーがすっと横に来た。おばあさんを引き渡す。乗ってきた警官は彼女と顔なじみでもう何回も保護しているそうだ。だが彼女はよそよそしい態度である。不安がよぎって警官にあなた誰と聞く。警察署名は云ったが、名前はとうとう云わなかった。そもそもこちらの氏名住所電話まで聞いたのだから、その時点で名乗るのが人としての礼儀である。一緒にいてくれた散歩のおばさんはよくやってくれた。彼女とも別れて100mも歩いたところで又電話がかかった。2番目のパトカーである。養護施設の職員を乗せるので遅れたが何処だと問う。振り返ると赤のランプを派手にピカピカさせたこれぞパトカーという車が交差点に見えた。警察が、見えたら合図してくれと云っていたパトカーはこっちだったのである。最初のパトカーは何だったのかという疑念が湧く。そのあとの息子さんからの電話でやっと安堵した。
パトカーを待つ間、信号が青になるたびにおばあさんは渡ろうとした。ベンチがなかったので草の上で休んで貰ったが、きちんと正座していた。別れる前に「お世話になりました。いかほどお礼を差し上げたらいいでしょう。」と云われたときは切なかった。おばあさんの今後の平穏な余生を祈る。
反省点は色々ある。私の方にはあまりない。自分の電話番号がとっさに出てこなかったのはお笑いだった。私もボケかかっているのかな。現在地を確認するのに少々時間がかかったが、お馴染みの場所ではないので仕方がない。探索側にはある。警察が徹底して名乗らないのは不可思議である。連絡先も云わぬ。パトカーが2台来るなんて全然聞かなかった。最初のパトカーには、予告された施設職員が乗っていないので、ひょっとして似せ警官だったらとの疑念が一瞬通り過ぎた。でも確認のしようがなかったのである。警察に、引き渡しの責任を感じている人を納得させようとする姿勢がなかったのは残念である。それからご親族へ。姓名、住所、連絡先(複数)など持たせて置いて欲しい。今回は息子さんの電話番号を記憶なさっていた。でもお年はと聞いたら長い間考えて「惚けてしまって・・・70幾つだったか」と答えた。だから聞いた番号も半信半疑だったのである。出来たら本人にNTTドコモのPHS(いまどこサービス付き)あるいは類似品を携行させることである。誘拐犯が携帯電話を持っていたために居場所が判り捕まった事件は目新しいが、その商用化をNTTドコモは既にやっている。それを利用しない手はない。

(2000/06/02)