
- あてもなくぶらぶら歩く。桜はとっくに終わったが、5月下旬の当地はまだまだ花が豊かである。中旬に咲き出したユリノキはどうやら盛りを過ぎた。代わってセンダンに花が付いた。ユリノキもセンダンも都会ではそうざらには見つからぬ樹木である。わが家の近くではたまたま前者がかたまって数本、かなり成長したのが公園にあり、又後者は百貨店の裏道に2本生えている。こちらはまだ若木である。花の名が判るのは樹木に吊された名票のおかげである。見つけた場所に名票がなくても、特徴を覚えて置いて余所で得心することもある。センダンは佐倉の国立歴史民俗博物館で認知した。
- ユリノキは花が無くても簡単に見分けが付く。葉に特徴があるからだ。カエデやアオギリのように切れ目が深く整然と入った葉だが、他とは違って枝の延長先は谷間になっているのですぐに区別が付く。上から覗くと淡い黄緑の大柄な花だが、下から眺めると新緑の葉と同じ萌葱色で目立たない。中高木で花は上向きに咲き、しかもそう数は付けないから誰も注目しない。だが形はチューリップそっくりでなかなか面白い花である。辻井達一「日本の樹木」によると、英名はまさにチューリップ・ツリーだそうだ。輸入されたときまだチューリップはポピュラーでなかったので、セカンド・ベスト的に和名を百合の木としたとある。
- センダンは「栴檀は双葉より芳し」の栴檀と誤解されて有名な樹木である。格言の栴檀はビャクダンの取り違えだそうだ。ビャクダンには芳香があるそうだが、栴檀は大して香らない。花を注意深く眺めたのは始めてであった。直径1.5cm細い薄紫の5枚の花びらの中心に濃い紫の雄しべの群が1本に纏まって7-8mmの高さに突き出ている。そんな花20-30輪が10cmぐらいの小枝に放射散乱状に群がって咲く。秋の黄色い果実は大きくて結構目立つが、花は草花であったとしても目立たない小さく地味な姿である。
- ヤマボウシが今満開である。花を見ればすぐミズキの系統だと判る花である。ユリノキも同じ意味でモクレン科と言われても合点がゆく。センダンは類似の花を思い出せないので調べるとセンダン科という独立の種類だった。ミカン目という。もう目ぐらいになると花だけでは同族かどうか素人には判らない。DNA解析などない時代にどんな基準で分類をしたのか興味がある。そのほかウツギ、タチバナモドキがまだ咲いている。くらしの植物苑ではモモイロエゴノキの花を見た。歴博のホームページには、今咲いている花の情報が写真入りで出ているので便利である。私が愛用してきた子供用の図鑑程度では、こんな木の紹介はしていない。カイドウのように薄桃色の小花をたれ下げている。ただのエゴノキはもう終わっている。木ではないがシランの紫色の花が美しかった。キショウブが一足先に花を付けていた。
- わが家もぼちぼち植物図鑑をグレードアップする時期に来たと思っている。県立中央博物館の図書室にも歴博の図書室にも北村四郎、村田源他「原色日本植物図鑑全5巻」(保育社)が備えてあった。一番古い草木編Tの初版が1957年である。そごう8Fの書籍部にはそれが置いてあった。植物図鑑は息が長い本で何10年も版を重ねるものらしい。牧野の図鑑も並んでいた。私が近年出版の図鑑より北村の図鑑にしようと思った理由は、植物園を抱える図書室のスタンダードであったほか、牧野より記事が新しく現代日本語に近い書き方で、図がスケッチによる細密画であるからだ。写真か細密画かは大切である。全体の印象は写真にしくはなしであるが、分類の最後の同定には特徴をきっちり伝えた細密画でなければならないのである。だがこれは著者の学識と画才がものを云う。図書室スタンダードはその傍証である。
- それにしても図鑑を置いている書店が少ない。私が歩いた範囲ではそごうだけだった。私は、昔新本が高くて買えず古本で手に入れた保育社「原色日本蝶類図鑑」を今も大切に持っている。その最後の方に保育社の広告がある。60種に上る図鑑が当時出版されていた。そごうにはその半分ぐらいがあるだけであった。私には、蝶の幼虫の食草を調べに平安神宮鳥井脇にあった府立の図書館に出向き、牧野の図鑑から一日掛けて模写して悦に入っていた憶えがある。夢の中では幼虫になってその草を食っていたほどだった。別に学校の宿題でも何でもなかった。単なる興味からである。我々の頃は理系の好きな少年少女で溢れていた。今は図鑑のニーズさえ薄れ消えて行くのか。理系離れ、私が日本の将来に不安を覚える一つの理由である。
(2000/05/29)