雨あがる


映画館で映画を見たのは「鉄道員(ぽっぽや)」以来だった。久しぶりに入念に仕上げられた映像を見た。時代劇は好きな方で、テレビでもしょっちゅう見ているが、最近のは時代劇とは名ばかりの中身は現代風どたばた劇でいつも失望していた。比較的質が高かったNHKですら昨年の「新・腕におぼえあり」あたりから狂いだし、今の「一心太助」はもう見ちゃおれない。「葵・徳川三代」はまだ中身がしっかりしているので救われるが、これも侍姿の現代劇には違いない。何がそぐわないかと云うと、その時代には身分について回る義務感期待感それに対する敬意礼儀作法など社会にしっかり根付いていたはずの暗黙の了解事項、つまり侍なら侍を侍たらしめる雰囲気が劇の土台から匂わなくなっている点である。
黒沢は見た人にすがすがしい印象を与えるようにとのメモ書きを残したという。原作は読んでいないが、山本周五郎ならすがすがしさを書く作家としては申し分ないだろう。黒沢組を支えた名優名脇役が殆ど鬼籍に入った今日、どれほどかってのあくのある演技を見せてくれるだろうかと疑念を抱いていた。さすが「七人の侍」「隠し砦の三悪人」「椿三十郎」「羅生門」ほどの個性溢れる人間像ではなかったが、元々黒沢の映画は当時の映画評論家からオーバーな演技をやらせ過ぎるという評判だったから、これぐらいがいいのかも知れない。長雨で川止めの同宿の旅人が、些細なことでいがみ合いささくれ立つ風景の描写は黒沢譲りであった。その中の涼風役を寺島聡の三沢某の浪人が演じるのである。もう少し肩幅があれば納得できる風格と言える合格点の浪人姿だった。
昔の時代劇の主役には現実離れした理想像が多かった。この物語の主人公もその通りで、自己に厳しく他人に限りなく優しい天下無双の剣豪だが、表現下手でいつも損をするという設定である。正義感の強い善玉でも裏にはどす黒い人間の血を持つような設定の方が惹き付けるのだがと思った。その妻女がまた理想の天女で、おそらく心細い路銀を勘定しながら夫のすがすがしい行為に満足しきっている観音菩薩である。宮崎美子が雑草の中に咲く一輪の花のように飛び抜けた美しさを見せる。黒沢映画に出てくる女性は大概が逞しいオカチメンコな姿だが、この映画では美女がことさら美女で出てくる。もう一人は殿様の奥方を演じる壇ふみである。原田三枝子の演じる夜鷹の顔が最も黒沢組に相応しい。
元々原作は短編小説だそうだ。足止めを食ってから出立まで1週間もあったのだろうか。その間の話だから人生哲学らしい内容はないし、ただただ行きがかりでこうなった話を忠実に追ったと云うところだ。この内容だったら30分からせいぜい1時間が適当なように思う。もう1、2編加えてすがすがしさをテーマにするオムニバス映画としたら良かったのではないか。
活劇としては若侍の争いを仲裁する場面とお城の中での御前試合がある。城主を演じた三船史朗はなかなかの出来だった。それにしても町並みのない場所に一軒家の宿というのは資金の関係もあったろうが相応しくない。もう江戸中期なのだから茶店ぐらい欲しいし、川越人夫があれだけ集まるのだから貧しい住処も並べたかった。夜鷹が商売から帰ってくるのに一軒家というのはあんまりだ。農家だって見えなければならぬ。ともかく家がそこそこに見えないと生活の匂いがしないのである。物足りなく感じた理由の一つかも知れない。初めから黒沢明を表に出して売ってきた映画故つい黒沢の旧作と比較してしまったが、レベル高い作品であることには間違いない。但し面白い娯楽作品ではない。

(2000/02/03)