
- 毎日新聞の朝刊に掲題の議論が掲載された。著者は「英語圏に生まれていたらこんな苦労はしないのに」と悔やむ外信部の女性記者であった。賛成論である。大見出しが「次世代には不可欠だ」次の見出しは「留学制度も作っては」というものだった。大変刺激的な内容である。私は小学校からの教育には反対である。しかしこの記事は留学以来マスコミの中でいつも外国との接点に立って活動した経験から書かれている点でなかなか参考になる反対意見であった。E-メール宛先が記載されていたので一文を贈呈した。多少の訂正を加えて以下に紹介する。
- 国枝すみれ様。1/14付け「記者の目」を読ませていただきました。
- 実体験に基ずく賛成論はさすがに迫力があります。高校同級に国連職員になってアメリカ半世紀というのがおります。彼は満州帰りで英語熱心の国際派でした。彼には一目も二目も置いております。
- 小生は、自惚れかも知れませんが、そこそこに通用した研究屋でした。世界相手ですから当然英語に努力しました。ただこの世界は論文内容で本当の値打ちを決めるので、会話は全くと言っていいほど勉強も努力もしませんでした。つまりやったのは読み書きです。文章表現と文法が中心でした。
- あなたも私も英語必需の職業に関わっている、または関わったのですが、必需の中身はかなり違います。情報の受け渡しのフロントでしのぎを削る立場の人と、受け渡しの中身でしのぎを削る立場の人との差です。世の中どちらの立場の人が多いかというと圧倒的に後者です。オリジナリティのある商品でないと売り買い不能です。そのオリジナリティは何を基礎学力とするか。そこが基本論点だと思います。
- 私は企業の研究屋でもあり学校の教育者でもありました。ホームページに、つたない経験からだけれども、今までにいろいろ提言しております。教育関連では「義務教育年数の縮小を」、「学級崩壊」、「鎌ちゃんの日米文化比較」、「だんご三兄弟」、「小学校の英語」、「世紀末・若者を見る目」、「地球法廷:教育を問う」などがあります。一度お読みいただければ幸いです。
- 私は社会問題でも実証主義で、とくに反対論者の実体験をたくさん集めて、迷い多いこの問題の方向付けをやりたい。バイリンガルの方はたくさんおられる。多分あなたと同じ立場でしょう。その方々は、深く考えねばならぬ時何語で思考されるのだろうと云う疑問が頭から去らない。日本語で考えなくなったときが日本文化が死ぬときである。それで情報仲介者ではなく、オリジナル物産創作者として世界に太刀打ちできる人になれるか。こんな観点から是非再度紙面をにぎわせていただきたいと思います。
(2000/01/15)