引退はしたが


引退はしたがさて明日から何をする。心身健康のまま社会で云う「年」になり、引退した人々がまず遭遇する大問題である。小生も昨年現役引退の宣言をしたから他人事ではない。幸いなことに引退は、健康あるいは身辺事情の急変によるもので無い限り予定が立つので、姥捨て山詣での日が近づくと心澄ませて密やかに先輩同輩達の動向に聞き耳を立て、データを集める仕儀となる。なかなか生々しくは伝わってこない。だが、世間体を取り繕った形ではあるが、結構聞こえてくる。年賀状とかたまの同窓会とかでどっと集まる。
ボランティアとかNGO活動。これは格好いい。私もやる気はある。去年博物館のボランティアに応募した。だが、なかなか難しいもので、正直お役に立つどころか博物館のお荷物になった気がする。多分相手は専門家だから手足が欲しかったのだろうが、こちらは肉体的には自信がないからそんなニーズには応えられなかった。他にもあれこれと応募はしている。応募先から考えてみると、どうも私の好みは「柔らかい」彦左的応援であるらしい。ちょっと厚かましい気もするが、現役引退前後のこの時期以外にそんな応募をする機会はないであろう。
再就職。今までとは全く無縁の仕事に就く。家業を年取ってから継いだという人は結構いる。亦専門を生かして独立するという人もいる。私もその部類だが、どっこいなかなか商売にはさせて貰えぬ。私の場合は看板だけあればよいと言う、生活と縁のない出発だったから当然と言えば当然である。まあ見栄の標本みたいな再就職である。先輩方の中には結構実績を上げておられる方もいる。研究開発の組合に行かれて、いまだに論文に名を連ねていらっしゃる方のお話などすがすがしい思いで聞く。会社を興した人もいる。これはどんなものか。歯車の一つに成り切って暮らした定年までから、一つの事業をピンからキリまで手当できるものだろうか。ことに技術系では難しいことだ。
趣味に生きる。私たち日本の戦後を今日まで押し上げた働き蜂世代にとって一番苦手な老後の送り方である。手足を動かす体で覚える趣味は苦手である。過去の一時にやっていてもある年層以降では手足が付いて行かない。ハーモニカ駄目、ピアノ駄目、野球駄目、テニス駄目、ゴルフ駄目。やれる人もいる。彼らは今日を期してよほど継続的に体を作ってきたのだろう。私の場合会社の昼時間に熱中したこともあるバトミントンとかフリーテニスとかでも、空白が長かったせいか、まるでサービスがラケットに乗らないのである。結婚前は一度のトライアルでやれたフラフープが何度試みても落ちてしまうことからも推して知るべしだ。それならカラオケぐらいと思うが、「ラバウル航空隊」「雪の進軍」「若鷲の歌」なんかの我々は、せいぜい演歌までで、現今の歌は普通には駄目の世代である。やれる奴は相当に社用で鍛えた連中だ。家族に生きるのは、昔は生活の一部だったが、衣食足った今はここに分類できそうだ。これは家族のある人には殆どが可能である。
趣味を作る。まあ本命はこれしかない。旅、観劇、スポーツ応援。金さえあればである。金額的には子供に孝行を強制するのに丁度良い程度ではある。子供に自己満足を覚えさせるために云ってみたらどうだろう。会社では「知的興味に(ばかり)走りよって(けしからん)」、つまり儲かる研究に精を出せと幹部からハッパをかけられる立場にいた。儲かる研究とは科学がまだ入り込めていない分野にある。当たればいい射倖研究である。論理を繋ぐ研究とは言い難い。だから少ない機会を捉える知的興味の追求には執念を燃やせた過去がある。あるいは生まれつきの性行かも知れないが。類をもって集まるから似たような人は周囲に多い。勉強好きである。だが彼らは大抵は専門とは全く縁のない世界を選ぶ。人文系社会系文化系などである。わざわざ大学に入り直した人もいる。
私は博物学に転向した。博物というのは何でもござれと言う意味だから、対象は至って漠然としていて、気まぐれ手当たり次第に知的興味に取り付くと云うほどの意味にしかならない。まず博物館巡りである。美術館科学館産業館などは独立している場合が多いが、勿論私の範囲内である。本当は博物学とは博物館に展示されるものよりはちょっと分野が狭くて、動物学、植物学、地質学、鉱物学などの総称らしいが、私のは歴史民俗まで含むと威張っている。関連の講演会にも出来るだけ出かける。県政だより市政だよりなどに無料の講演会はたくさん載っている。会場には老人をたくさん見かける。もう遠慮はいらんし、元々現役より広くわきまえているから、質問させたらいい加減な講演者はたじたじである。その度に老人パワーも悪くないとニタリとし、私も質問の手を挙げる始末となる。こちらが口を開けば話し相手は周囲に、容易とは言えないが、程々には見つかるものである。

(2000/01/11)