
- 雨模様を心配しながらパレード見物に出かけた。二重橋前の大通り、内堀通り、を交通遮断してパレードを通す。定刻に始まったが、私どもの位置では何を云っているのか判らぬご挨拶が入れ替わり立ち替わり行われる。今にも降り出しそうなんだからいい加減にせいと隣も苛立っている。あちこち祭を見て歩いたが、こんなに警察官が目立つお祭りは始めてである。皇居前だからだろう。
- 警視庁に消防庁、自衛隊の陸海空とそれぞれの音楽隊がマーチを奏でながら行進した。音楽には自信はないがどれもなかなかの出来である。カラーガードとかカラーガーズというのはローマ字ではどう綴るのかな、要するに女の旗振り隊である。マーチに合わせて旗を振り彩りを添える。アメフトでは見ている。だが路上で本物を見るのは初めてではなかったか。アメリカ陸軍の軍楽隊に小中高校生のバンド、それから宇宙少年団と続く。こんなのまで出てくるのなら、洋式だけにせずに和式の鼓笛隊も出したらよいのにと思った。日本文化の伝承保護育成が皇室の重大な役目である。京都時代祭の先頭をゆく山国隊の鼓笛は近代日本の夜明けを告げる名曲と思う。逆にパレード中に奏でられた軍艦マーチや君が代行進曲は、今ホットな国歌以上に我々世代には大戦の嫌な思い出と結びついている。陛下も我々世代である。祭典の実行委員会の人々にはそんな頭はなかったのだろうか。
- 次々やってくる郷土祭の行列は見知っているのもあるが初めても多い。北から順にゆくと、ねぶたに竿灯はテレビでしばしば紹介されるし、毎年インターネットでライブ中継を見せるから、お馴染みではあるが、私は実物は初めてである。鹿踊りと花笠も初めてである。鹿はシシと読む。古代読みだそうだ。もののけ姫の主人公の少年が乗る動物もそう言えばシシと言った。東北に潜む蝦夷の子孫という設定だから、確かにシシでよかったのである。勇壮であった。花笠音頭は一体何人の出演だったのか長い長い踊り行列だった。よく鍛錬された踊り手たちを衣装と年齢の違う幾組かに組分けし、華やかに優美に群舞させた。多分正調の舞手らしい年輩のグループが最後に付いていて、いい踊りを見せてくれた。
- 二本松と久喜から提灯祭の山車が出た。薄暗くなって提灯にローソクが入り祭気分を伝えてくれる。二本松は5台ほど出したろうか頭部に提灯を枝垂れさせて見栄えがする山車を動かす。久喜の方は山車の上に乗った数人の若衆が大声を張り上げながら身振りよろしく景気をつける。架台に足を絡ませているだけだから何とも見ていてあぶなかしい。それが粋で人気を煽るのであろう。山車そのものは二本松より簡素で見劣りするが、活気ではこちらが上だった。
- 石岡の屋台は獅子頭に幌で繋がっていて、あたかも獅子の胴の部分にお囃子連が乗るような形になっている。形がバランスするようにだろう頭は特大である。勿論頭は獅子舞を見せる。八木節は愉快な踊りである。屋台で鐘を叩いているおじいさんの仕草が面白かった。幾分後ろに続く踊り手の群舞を食った感じだった。日光和楽おどりは古河鉱業がバックアップする伝統の盆踊りらしいが、最近は寂れ気味で1日しかやらぬと云う。阿波踊りは今回の行列で一番活発な踊りだった。四国在住中とうとう行けなかった阿波踊りを身近に見れた。男踊りは難しい技を見事にこなして立派だった。ただ埼玉の新座の連で徳島の連ではないそうだ。何故埼玉で阿波踊りなのかの疑問は残った。
- 千葉東金の山車は小江戸三大祭りと要素要素が似ている。先頭に手古舞がいて山車の二階がお囃子と踊りである。屋台の前輪を持ち上げて馬が後足で立つような姿勢を繰り返すのがしばた台輪である。走り回る屋台は見たが上下運動をする屋台は見たことがない。台輪とはこの屋台のことらしい。佐渡おけさは優美である。近頃の踊りは体のエネルギーを天地に叩きつけるような仕草が多いから、かえって印象的であった。御諏訪太鼓の巨大さに驚く。万燈祭は奇祭である。1人ねぶたのようなもので、ねぶたの大きな拵えを人1人が担げる限度まで縮小した出し物を、交代交代に背負って歩く。通った行列の中で一番荷が重そうだった。郡上踊りは盆踊りなのであろう、奇を衒うところもなく誰でも参加できそうなのがよい。ただ一寸行列が長すぎた。
- 佐賀母ヶ浦面浮立は鬼の面を付けた踊り手が鉦と太鼓で勇壮に舞う。この踊りには記憶があった。松本清張原作の松竹映画「張込み」で刑事(大木実)が張り込み中の人妻(高峰秀子)を見失う祭シーンがある。そこで演じられているのが浮立であった。ほんの2-3秒だったが。舞台は佐賀市だったから、今回の面浮立(鹿島市)と同じかどうかは判らないが、出で立ちはよく似ていた。「張込み」にはひばりの「港町三番地」を流す市場のシーンがあった。この歌は昭和32年発表で、映画は昭和33年の作品である。私は佐賀の町並みを3-4年前に一度歩いたことがある。映画の、柳が風に揺らぐ水郷の面影はもう後退していた。記憶は綿々と繋がるから芋蔓式に呼び覚まされる。これからは鬼の面からも佐賀を思い出すことになるだろう。
- とうとう5時前から本降りになってしまった。行列最後のねぶたが内堀通りに引き出されたあたりで帰らざるを得なかった。「はねと」が跳ねるさまを目の前で見たかったが残念だった。行列参加者はずぶ濡れで、ねぶたもビニールの覆いを着せられて寒そうだった。皆さんご苦労様。
('99/11/19)