秋の樹木


ナンキンハゼに白い小さな実がついて、少し離れて見ると斑点となって紅葉黄葉を引き立てている。千葉市内を走る京葉線脇の街路樹は何キロメートルかがナンキンハゼで、いまが最も美しい季節である。都会の中の秋を探訪しようと、公園を中心に歩いてみた。
ボケが咲きかかっている。白色と桃色の花が混じり合って美しい。サザンカも花を付け始めた。どちらも結構一本ごとの個性があって花を付ける時期がまちまちである。佐倉の城址公園にシロダモを見た。あまり有名でもない中高木の常緑樹で普段は気が付かない木である。雌雄異株だそうで、木に不釣り合いな小さな白い花が群がって咲いている。覗くと雌しべ雄しべの黄色が目に入る。
実りの秋である。赤い実は一際目立つ。イイギリは鳥に目立つようにか精一杯高い位置に葡萄のように垂らした実を付ける。イイギリ自身はそれほど背が高くならないから生存競争対策の一つなのだろうか。モチノキ、クロガネモチは樹木一杯に鈴なりである。この2種はよく似通っていて単独では区別が付かないほどだが、実を比較すると後者の方が小さい実なのでそれと知れる。共に雌雄異株だ。県立美術館の前のモチノキは門の前は雌株だがあとは殆どが雄株である。植木屋さんの配慮なのだろうか。ゴンスイの樹木一面を覆っていた赤い実はもう9割方落ちてしまった。背の低い木ではナンテンにクコだ。橙から黄の実だらけの低木タチバナモドキは時折民家の庭に見かける。
ムラサキシキブに小さい小さい紫色の実がなっている。気を付けないと見過ごしそうだ。佐倉のセンダンはサクランボ風の実がまだ青かった。青葉の森のネズミモチの実も青かった。近所のトウネズミモチの実はかなり黒ずんだ。この二つも互いによく似た木である。実の大小(ネズミモチの方が大きい)で判るが、葉っぱだけならモチノキとクロガネモチ以上に区別がしにくい。佐倉には他で見かけぬ大きなクルミ、オニグルミの木がある。何ヶ月か前、まだ熟してはいなかったが、たくさんの実を付けていたので見に行った。もう一個も木には無かった。カキは豊作のようで枝が重みで撓るほどに実っている。私の少年時代は野原のカキは甘柿であれば綺麗に取り尽くされて丸坊主になるのが普通だったが、近頃のカキは甘でも盗られもせずに目を楽します。衣食足って礼節を知る1例である。
孫のためにドングリ集めをやったのが始まりで、ブナ科の樹木の実にも注意するようになった。マテバシイはドングリの王様で良い木の下だったら1升2升は楽に拾える。だがその他の木ではそう簡単ではない。アラカシは割に実が多いが、まだこれからである。ウバメガシにシラカシは1合2合の種類である。クヌギはその他のドングリと違ってクリを小型にした丸こい実で目立つのだが少ない。コナラ、ミズナラも本当に集めるのに苦労である。
スダジイには特別の思い出がある。戦中食糧難の頃山に入って椎の実を集めて食った。生で食えるのでいいおやつだった。その椎がスダジイである。その少年期の頃と同じくやっぱりスダジイは実りの少ない木だった。だがブナ科の中では一番大きくなる木なのだろう。くらしの植物苑にあるスダジイはまったく亭々としている。この木は子孫はちょっぴり作るが他を圧するほどに大きくなって、太陽光線に対して覇を唱えるやり方で生存競争に打ち勝ってきたのだろう。多産系のマテバシイなどはあまり大きくなれないのを子供の数でカバーしている。人間でもアジア系が多産なのは、ブナ科にたとえると、マテバシイの戦略かなどと余計なことを考える。
縄文時代の遺跡にはドングリの貯蔵が見つかるという。縄文人の臼歯は一般に年令と共に急速に磨り減ってゆく。あんな堅いものをごりごり食うからだ。歯が磨り減ったらもう死ぬ他はない。それだけが理由でないが、平均寿命はいまの半分にもならなかったろう。古き良き慣習なんて云うが、昔は、多分戦前までは、そもそもいま深刻化している老老介護なんてなかった。何しろ被介護者相当といえる人はまだ足腰達者な壮年で、死ぬときはころっと逝くのだから。森幹事長は事実を歪曲して介護保険にかんする自己の政治主張の基本にしている。ドングリを拾い歩きながら博物館にはいると、そんな声が聞こえたように思った。

('99/11/13)