飛蚊症で見たもの


明るい方向に目をやると、閉じていても、クラゲがゆらゆらと泳いでいるような幻が見える。見える幻は人により様々で、蚊が飛んでいる姿が代表的だから飛蚊症というのであろう。今度の飛蚊の理由は明確で、眼底出血であった。硝子体の中に滲み出た血液が網膜に映る結果であった。私が飛蚊に付き合うようになったのはもう半世紀ほど昔からで、糸屑が目の縁に浮遊するような幻が見え、勉学中の私を随分と悩ませた。大学病院で散々検査して貰ったが、あまり明確な答えは貰わなかった。以来共生を心掛けいつの間にか忘れていた病である。
眼底検査では瞳孔拡大薬(アトロピン?)を点眼する。点眼後30分もすると瞳孔は開きっぱなしになって眩しくて瞼は開けられない。この状態は3-4時間持続する。瞳孔はやがて光量に対する調節作用を取り戻し眩しさは解消する。しかしこの瞳孔拡大薬は毛様筋の調節作用も麻痺させていて、水晶体の焦点調節作用は更に1時間半ほどは戻らない。危ないのはこの時間帯である。何しろ現代人である。じっと5時間も6時間も椅子に腰掛けておれない。両眼で何とか見れる状態になったらきっと動き出す。だが本当は片目に近いのである。
NHKの研究所で立体TVを見学したことがある。左右両眼に相当する2台のカメラで映像を捉え、映像を交互にTVに送る。それにシャッターを同期できる眼鏡を付けて見たTV像は立体的である。偏光眼鏡による立体映画と同じ仕組みである。
もう一つの立体映像は人の錯覚を利用する。ドーム全面を覆う映像を投影し、見物人の視野には映像しか入らないようにする。すると見物人はその映像の中に自分がいると錯覚し、脳味噌に蓄積された経験的遠近感で映像を感じてしまう。いきなりグランドキャニオンを曲芸的に飛行する飛行機から取った映像なんかを見ると胸が悪くなる。シネマスコープ程度の大型画面では、見物人は劇場の中の自分の位置を感覚的に認識しているから、よほど画面に熱中して溶け込まない限り本当の立体感は出てこない。
片目でふらりふらりと歩いてみて結構正確な遠近感に驚く。写実派の絵画を見るような感覚で、頭に入っている経験と片目の映像を照らし合わせているようだ。だがこれは日常慣れ親しんだ環境にあっての話で、全く違った経験のない環境だったら随分生活は困難だろう。針の穴に片目で糸を通すようなものだろう。床の線、壁の線、家具の線、仕切の線など基準中の基準になっている。覚えているものの大きさも基準である。人は経験による基準から逃げられない。生活だけではない。文化だって、ちょっと飛躍するが科学だって、工学だって生まれ育った環境を基準に話をしている。片目をほんのしばらくやって会得した哲学である。

('99/09/04)