
- 夏になると下駄を履く。この履き物はカラコロと耳に涼しげで、正に夏の風物詩である。ヒョイと引っ掛けられ、それに風通し抜群で水虫知らずと来る。実用上も衛生上も好適な履き物と思う。だがお祭りや花火大会の浴衣姿の時以外では、下駄履きの人を殆ど見かけなくなった。公園の散歩を日課にしているが、今まで私以外に下駄を見たことはない。寂しいことだ。
- 下駄を衰えさせた原因は色々あろう。まず着物が洋服に取って代わったこと。戦中は国民服に下駄という姿もあったが、さすがに今はこんな和洋折衷はない。次ぎに舗装道路にタイル床面の建物の増加。一層カラコロとよく響くようになったが、静かさが必要な場所では忍び足でも気が退ける。公共の精神集中する場所でははけない。三つ目は上記と重なる場合が多いが、摩擦係数が低い路面や階段が多くなり、滑りやすくなったこと。雪国では下駄の歯が一種のスパイクになると思うが、その下がコンクリートでは下駄の方が安全とは言えないだろう。
- 摩擦の物理的説明は案外難しい。スケーターがスイスイと滑れるのはスケートのエッジの圧力で氷が溶けて水が潤滑液面を作るからだとは昔々聞いた話だが、そんな簡単なものではないことは3-4年前に化学の先生方が集まるパソコン通信のフォーラムで説明を受けた。10年ほど前に出版された「摩擦の科学」(河野彰夫、裳華房、'89)と言う本がある。著者は物理屋らしく一般論主体に滔々と述べている。以下は下駄と路面の摩擦について私なりにその本を参考に考えた話である。
- 下駄はセルローズ繊維とリグニンから出来た粘弾性物質である木材で出来ている。堅い路面の微少な凸凹に合わせて下駄の接触面は変形する。この真の接触面では路面との間に分子間力ファンデルワールスの力が働く。物理的接着力である。これを引き剥がすには力が要る。摩擦力である。また下駄の接触面は入り組んだ凹凸を水平移動するときに更に変形し、時には永久歪みを伴う大変形を受けたり破壊されたりする。路面も下駄ほどでないにせよ同様である。この変形破壊力も摩擦力の一部である。両方合わせて化け屋は粘着力と呼ぶのだろう。ゴム底皮底の靴は堅い路面に向く。靴底が下駄より変形しやすいから真の接触面が大きく取れ摩擦係数が大きい。下駄は未舗装か意識的に粗面とした舗装の路面に向く。下駄の木目が進行方向と同じなのは、横方向が縦方向より摩擦係数が多分大きいから危険な横滑りを防ぐ意味と下駄自体の強度の問題からであろう。
- 福山に履き物博物館がある。訪れたのはもう昔のことなので全体の印象しか頭に残っていないが、実用に美術工芸に日本民族が作り伝えた下駄(だけではなかったと思うが)の展示は遊び心のある人には一見の価値がある。百貨店の催しなどで時には見かけるが、昔どこにでもあった下駄屋が姿を消して久しい。福山は下駄の産地だったのだろう。履くのは当たり前だった頃は気が付かなかった下駄をよくぞ保存してくれた。
('99/08/29)