
- 食いものの恨みとは云うが飲みものの恨みとは云わない。だが、飲みものの恨みもなかなか根が深いことを今度の北信濃旅行で思い知った。
- 旅館も決めずに発ったのは学生以来だった。第1日目は万事好都合に戸隠地方を旅した。第2日は須坂、小布施地方だった。小布施駅を降りた頃昼が来た。ここらのそば屋は格式とは無関係にそばらしいそばを食わせる。だから安心して近くの大衆食堂に入った。
- 流行っている。若い女2人がざるを食っているので同じものというと定食だという。内容の書いてある白板を持ってきた。850円と別に高くもない。面倒なので見もせずにそれと云ってしまった。おかずに天ぷらと小鉢それから豆腐が付いた弁当と一人前のざるそばが付いている。そんなには食べられませんと思っても後の祭りだ。料理が出るまでのつなぎにキャベツの塩もみを出す。私より遅れて入ってきた夫婦者が地酒を注文したので、私も釣られてそれを注文。本吉の川という酒だった。料理が先に出て来たので、おやと思ったら、酒が切れたので取り寄せているという。まもなく酒が届いて板前が1升瓶を下げてやってきた。一合枡の中にグラスを置いて溢れた酒が枡を満たすまで注いだ。これが当たり前だが、その時北海道のさる温泉宿の忌々しい酒を思い出したのである。
- あのとき土地の銘酒があるというので注文すると、係がやっぱり1合枡にグラス、片手に1升瓶で現れた。ベテランらしき風情の彼女は、しかし、グラスに半分だけつまり1-2勺注いで引き上げていったのである。私は幾分いかぶったが、毒味をさせたあとで本注文なのかと思った。別段特別の酒でもなかったのでそのままになった。ところがチェックアウトで1000円から取られたのである。換算すれば1升瓶で10万円に近い高い酒である。銘酒「越乃寒梅」だってプレミアム付きで買ったとしてもせいぜい2万円である。飲食物に対するクレームには微妙なところがあって、言い出しにくい時が多い。しかし今頃思い出して腹を立てるぐらいなら現場できっちり白黒をつけておけば良かった。しかしこちらに軍配が上がっても気不味い思いをしただろうとも思う。先の北海道旅行の唯一の汚点である。
- 本吉の川という酒は松葉屋という醸造所で造っている。駅の近くにある結構立派な醸造所だった。ほかにも造り酒屋が何軒かある。都会ではビールやワインに押されて日本酒は影が薄いが、この店の壁にずらりと張り出されたアルコールリストはいずれも日本酒で、まあ店が店だからと幾分割り引いて考えたが、飲み継がれているのに何か安堵した。当地は栗の産地でその酒が出来ないはずはないが、栗のワインなんてげてものは見かけなかった。地方に行くとよく特産物利用のワインにお目に掛かる。流行に阿るのは地方振興のために仕方がないことかも知れぬが、地方として矜持して貰いたい1線もある。栗のワインなんかが私の感覚上でのそのボーダーラインのようだ。
('99/07/13)