
- 長野から戸隠(とがくし)行きのバスに乗った。バードラインの両脇は緑一杯である。いつもは街路樹を数えて歩いている都会暮らしには、点の世界から面の世界に出た思いで、この自然の饗応を何よりと感じる。飽かずに眺めているとナナカマドの大木が随分多いのに気が付いた。千葉では見ない樹木である。先の北海道旅行の時に登別温泉で見た木である。北海道の植生は単純でそれだけが大半の林を作るようだったが、こちらはその他の多分ブナ科の木々と共生している。ナナカマドは七竈と書き、7度竈にくべてもまだ燃え尽きないほど堅い木という意味だと、登別温泉の木に掛けられたキャプションは云っていた。それが面白くて覚えた木である。
- 昔は山伏で賑わったという戸隠神社だが、今は詣でる人影も疎らで神域は静寂である。山腹に本殿があるので、高い石段を登らねばならぬ。高く生長した杉林が石段を取り囲み荘厳な雰囲気を作っている。日本の神様の良いところは、おわします神域の雰囲気を自然の造形を生かして作っているところで、木造の建物が森に溶け込むのも優れた美的感覚の現れである。本殿前の杉林が途切れるあたりにホオノキがあった。スギの幹が作る隙間を大きな葉で隠すように植わっている。千葉ではさる百貨店の中庭に1本植わっているのを知っているだけである。お宮さんのホオノキも植木だろうが、このあと自然歩道を歩いたときあちこちに生えているのに気付いた。
- 茅葺きの豪壮な家々は大抵は元宿坊で、今は旅館民宿あるいはそば屋土産物屋などに変わっている。修験道中心地の面影を僅かに残す門前部落である。戦乱の頃は難を避けて更に山奥の笹ヶ峰のあたりまで、宝光社、中社、奥社のセット3社を移したことが判っているという。隆盛を誇った信仰今何処である。四国石鎚山のように山道まで絶えて山中の宿坊が立ち腐れているのに比べればまだましかも知れぬ。山伏には儀式以外でお目に掛かることはなくなった。富士講もなくなって久しい。修験道は単純な山岳信仰ではないだろうがあまねく信じられる教義ではないことが、虚無僧と同じ運命を辿らせることとなるのだろうか。
- ここらは小鳥の楽天地であるそうな。昭和の初めにNHKが小鳥のさえずりの実況放送を当地でやったという石碑があった。出会ったおじさんの話では、その時は小鳥を警戒させないために青年団が交通規制にかり出されたという。大成功だったそうだ。朝4時頃だったら小鳥の歌声で充満していると云っていた。バードヒヤリングはウオッチングと同じく苦労なものらしい。同じ場所に奥社遙拝方向を示す石碑が建っていた。その方向に拝むと奥社に詣でたのと同じだけの功徳があるという。富士山に登れない人が富士塚に詣でるのと同じ便宜的手段である。こういう信心は外国でもあるのかな。
- 七夕の日であったが、笹に短冊の風景はついにどこにも見なかった。TVでは小学校の行事として紹介していたが、風習としてはもう死体(しにたい)なのであろう。子供中心の習慣は親と子の絆を深めるための良い節目である。牽牛と織姫の説話など信じなくてもいいが、ではこの風習を止めたら代わりに何を子供にしてやっているかという問題である。家庭それぞれに工夫はあると思うが、社会に共通性のあるものの方が相乗効果があって宜しい。信じなくてもいいが七夕はロマンチックないい説話である。代わりに何かを作る馬力がないのなら風習と共に後世に残したいと思う。
('99/07/11)