
- 昔、携帯電話にお世話になっていた。デジタルになる前つまりアナログ式無線電話時代の携帯であった。石鎚山に登ったときにそのテストをした。石鎚山は四国一の高峰で平野から遙かに切り離されている。尾根の登山基地土小屋の国民宿舎の下北面の駐車場から試してみると微弱ながら感度があってつながった。土小屋に中継局があるはずはない。まだ可能性があるのはケーブルカーの基地か土産物屋と宿が並ぶ山裾の面河あたりであるが、どちらも数kmは離れている。そこに、今は知らないが、当時それほど普及していなかった時代に果たして中継局があったかどうか疑わしい。まあ確実なのは西条市の国道あたりの中継局である。20km近く離れている。私は感激してしまった。だが、肝心の携帯電話の効用はこんなたまさかの山行き以外には殆ど無かった。私は毎日職場と我が家を歩いて往復する単調な生活だった。だから1年ほどで携帯を止めてしまった。
- 何年か経ってまたお世話になることにした。今回は簡易型携帯電話すなわちPHSである。日頃電話が頻繁に掛かるわけでもなく、暇を持て余していると言える老人が何故かというと、老人を最近自覚させられる事情が相次いだからである。
- 臨場経験をまず一つ。美術館で安田ゆき彦の名画「飛鳥の春の額田王」を眺めていたときどこかで男の只ならぬわめき声がしばらく続き止んだ。やがて救急隊が来たので何事と付いて行くと初老の人物が床に倒れてぐったりとしていた。脳梗塞か何か脳の異常が急に来たときの頭痛が叫び声になったのかと思った。介護問題が保険問題と合わせてマスコミに継続的に取り上げられるようになったのも注意を向けるようになった一つの理由であろうし、行政当局から老人手帳あるいは老人証明書を貰ったのも契機の一つだろう。親族友人の中に起こるその種の事件も頻繁に耳に入るようになった。これからは私も心穏やかに、母が死の床で兄弟に諭した最後の教訓、あの世への旅立ちの準備をしなければならぬ。人様に迷惑を掛けぬよう嫌われぬよう仏の道を歩まねばならぬ。だからPHSである。
- ほぼお分かり頂いたと思うが、更に解説すると、NTT DoCoMoのPHSには「いまどこサービス」という目玉オプションがあって、それに加入すると携帯電話の位置を、レーダーがミサイルを探知するように、探知してくれることを指す。私がボケ老人になってもこの電話機を持っていると、家内はいつも所在を知ることが出来る。家内家族の心の健康にとてもよい。昔の携帯は重かったがPHSは何と80gちょっとである。これなら幼児に帰った老人もいやがることは無かろう。PHSは家族のいたわりの表現であると思っておこう。
- レーダーを引き合いに出したが、探知の原理は全く違う。PHSの弱い電波を拾うために電話会社は中継局をたくさんまんべんに設置する。電話機にスイッチが入っている限りどの中継局が電波を貰っているかは判る。だから「いまどこ」とは中継局の位置を知らせるサービスである。普通の携帯では中継局がずっと疎らなために中継局の位置を知らせても電話機の場所を特定したことにならない。PHSの弱点を長所に仕立てた見事な戦略である。
- 出始めのPHSは隣り合う中継局の受け渡しの問題で、走りながらの電話はとぎれる場合もあったという。然し今では中継局数の増加などの対策で、40km/hrぐらいならOKという。一方PHSの特技のように宣伝された地下街や百貨店内での通話も少しづつ普通の携帯で通話可能になってきたようだ。これからは相手の長所を取り入れながら発達するのであろう。しかし「いまどこ」は最後までPHSに残るように思う。
- 「いまどこ」と云ってもその位置特定能力はまだ昔の戦艦大和のレーダーぐらいである。原理から云って精度を上げようと思えば局数を増せばいいが、経済上それだけの目的に実施することは出来ない。しかしNTT DoCoMo以外の中継局を加えれば精度は確実倍加するだろう。技術的にどれほどの障害があるのかは知らぬし、犬猿の仲の競争相手と話し合う場を持てるかどうかも知らぬ。しかし事福祉目的には大同団結してもらはねばならぬ。
- 化け屋としての興味は電話機の中の二次電池である。昔のアナログ式の時はニッカド電池だった。始めはカタログ通りの充電量を示したが、1ヶ年もすると6割ぐらいまでしか充電しなくなった。今回はリチウムイオン電池である。以前電気工学科の学生相手に電池の講義を受け持ったことがあったが、講義の大半は文献知識の横流しで電池間の微妙な差は判らないままだったのが、今も心に引っかかっている。何年ぶりかでその一部が明らかになるのが楽しみである。
('99/04/30)