母校がらみの報道


続けさまに母校がらみの報道を三件聞いた。一つは久野収氏の訃報、二つは大学病院の失態、三つは大学院生のクロロホルム販売である。
久野収氏は学生の頃滝川事件で文部省に対抗したのをきっかけに、終始人民主義哲学者として節を曲げずに理論指導に当たった。「しなの川」(由美かおる主演、野村芳太郎監督、昭和47年芸術祭参加作品)に当時の警察の「赤」の取り調べ模様が出てくる。映画の中の国語教師は、日頃の高説も何処へやら、一発で悲鳴を上げ転向を誓ってしまう。私は多分、人権など無いに等しかった時代の反体制的思想の学者が節を曲げずに貫き通すことが、いかに困難な事業であるかを感覚的に知っている最後の世代である。氏の理論にお世話になったことはない。だが、崇高な生き方を身をもって教えてくれたと言う意味で得難い先輩であった。先輩であることは報道で始めて知った。
大学病院で輸血血液型取り違えがあった。間違えられた患者は生死の境を徘徊した。医師個人の間違いだそうだ。ミスで患者が死んだら切腹と言う社会規範があったとしたら、念を10倍は入れていただろう。横浜の心臓患者と肺患者の取り違え手術もその類なのだろうか。TV報道では何度も立ち戻るチャンスがあったと言うのに、誰も彼もがまあいいかで手術をやってしまったのが本当の姿だろう。こちらはたくさんの医師看護婦が関係しているから病院ぐるみで、まさに重症である。
旧陸軍士官学校では伝令訓練があった。兵隊を何人か選び、命令を次々に伝えさせる。最後の兵隊が伝える伝令は始めとかなり違っているという。復唱させて、間違えればピンタが当然で、そんなものである。一方、私が勤めた化学工場では人間は間違いを起こすものという前提による安全対策をやかましく指導した。馬鹿チョン方式、フールプルーフ方式である。工場災害は多人数に及ぶから深刻に科学的に検討され対策が立てられ周知徹底される。こんな基本は解っているだろうに、誰も本気で訓練しなかったのであろう。
大学院工学研究科博士コース在学と言えば将来の日本を担う、いや今でも担っているエリートである。麻酔致死強盗の麻酔薬クロロホルムがインターネットを通して彼から販売されていたという。日本の将来をどう思ったらいいのだろう。クロロホルムに麻酔性があることは中学生でも知っている。おそらくこの大学院生は、直接手を下さないなら、この薬品で誰がどうなろうと関係ないという論理の持ち主である。使う相手を全く知らずに、つまり使う人の顔を思い浮かべずに、簡単に麻酔薬をべらぼうな値段(500g5万円)で売る精神構造がエリートの一角にあるとは、いよいよ不可解な世の中になったものだ。
これは番外の話だが、近着の学生新聞に新入生の8割に理解できない講義があると云う記事があった。受験に必要ない学科を高校時代に削っているからである。特に理系の学問にそれが著しい。それでも殆どが落ちこぼれずに卒業するのだから、きちんと取り返す勉強をしているのだろうか、あるいはわからんままにトコロテンなのか追跡調査がほしい。科目別では数学が俄然トップなのは気になる。確かに線形代数学などは、私のころも、始めはチンプンカンプンで、学科中一番勉強したのに初回の試験は殆ど全員が落第だった。三次元までの頭しかないのに、いきなりn次元に一般化した話をするからである。でも今では学んで良かった部類の筆頭に入る学問である。学生さん、苦労して学ぶ姿勢を持って下さい。

('99/02/10)