
- 現役の頃愛読した雑誌「化学」が産業技術博物館の図書室にある。2日ほどかけて出来るだけのバックナンバーを読んでみた。
- 以前から必ず読むことにしていた記事は「鎌ちゃんのアメリカ留学記」である。著者は阪大を出てカリフォルニア大大学院に留学し今確か4年目の学生である。著者の自己紹介に「アメリカ人に負けてたまるか」と言う言葉があって、レジャーランド(日本の大学)の延長として語学留学を「楽しんで」いる若者とは違った本物の留学生らしいのが私の好感を呼んだ。この語学留学生とは、言葉が不自由な外国人学生のために大学が用意するクラスにいる人たちを指すが、日本人で溢れているそうだ。大学にとってはよいお客さんで、飛び切り高い学費を取るらしいが、金持ち日本人は意に介せず子息子女をどんどん送ってくるそうである。卒業できるのはアメリカ人でも何人かに一人だから、「楽しんでいる」留学生が全員卒業できるわけがない。選挙があると候補者の学歴が出る。それに海外某大学留学てな記載をよく見るが、皆その手合いであろう。
- 何年も滞在すると文化の表と裏が見える。例えば教科書の厚みの話がある。日本の倍以上の厚みのある教科書2-3冊が日本の半期に相当する一教科分で、先生はその要点をまとめて話すだけという。私が学校でやったような1行1句ごとの忠実な解説とは全く逆である。学生は教科書を読むだけでも大変なのに、試験はさらに話の外にある応用問題が普通という。私の経験では、少なくとも卒業後10年間は教科書は第一番の汎用参照文献だった。だが彼らのシステムでは教科書は貸し出しで年々循環使用されるために手元に残らないと云う。基礎の勉強が組織的に行われ難く、継続性が乏しいから教科の初めは過去との重複説明にかなりの時間を食われている。
- こんな話を読むと我が国の過去からの教育法の効率の良さと、それについていった過去の学生の耐力気合いと言ったものが、アンケートを採ると「解るように講義をしてほしい」なんて中学生高校生並の、大人に成長しようとしない今の日本の大学生(結構エリートコース学校もそうだという)の甘えの構造とつくづく対比されるのである。マスコミは大衆に受けて売れればいいから、教育者がレベルを落とし学生に妥協するように主張するのだろうけれども、ますます先端が進歩するのに、そのさわりすら解らない学生を平等に卒業させる算段ばかりが、マスコミの論点では日本の将来がない。たまには教科書通りの講義で、その範囲だけの試験をする先生もアメリカにいるそうだけれども、「鎌ちゃん」によると、彼に対する学生の評判は良くないそうである。大学に入ってもなかなか出られないためだけではない、アメリカでは学生自体に気概がある。マスコミはここを叩くべきで教え方の技術とシステムは枝葉末節である。
- 鎌ちゃんは博士コースなのだろう、研究者として世界と闘う姿勢で日米文化比較をやっている。将来のエリートといえるだろう若者のこんな意見が、日本の良識を代表する意見として大手を振る時代を期待している。また将来を託するに足るエリートを守り育てる環境を作るために我々は努力せねばならぬと思う。
('99/01/11)