漢方医療


漢方医療が呪術でないことは誰しも認めるところである。然し医学つまりサイエンスに入っているかどうかは諸論のあるところであろう。千葉県立中央博物館の講演会で北里研究所の小曽戸先生のお話を聞いたとき、いつも心に引っかかっている問題を思い出した。
漢方は全く驚嘆すべき長い歴史を持っている。基本の古典が2000年前の漢代の著作と云う。そのころすでに医療に関する知見の集積があったのである。時代と共にさらに経験が積み重ねられ文献が出版された。わが国は熱心にその医術の導入を図った。初めは朝鮮半島経由で、すぐ直接中国より、文献の輸入はもとより遣唐使派遣が中断して以降も、絶えず留学生を出し又中国人を招いて、漢方医術の吸収に努力した。鑑真のような僧侶が来日した折りに、膨大な薬草を招来している事実もある。
漢代の3冊のテキストブックは今日に伝わっているが、それ以降の膨大な文献類は中国本土では伝わらないものも多い。かえって輸入した日本の各地、主に仁和寺のような場所に保存され、それが今日中国に逆輸出されて、かの地の漢方医学の発展に寄与しているという話は面白かった。仁和寺は、御室御所、門跡寺、真言宗御室派総本山などどれをとっても格式の高さを誇るわけだが、そんな寺でも貴重な招来文物を流出させた時期があった。今では全巻が揃っていない書物があるのである。その一部が武田長兵衛商店に流れて伝えられていると云う。仁和寺の危機とはいつだったのか、水木コレクションの話では明治維新後の廃仏毀釈時代だったが、質問したら良かった。
日本最古の医書は医心方で、10世紀終わり頃、つまりまだ平安時代である。これが江戸幕末に幕府の手で復刻刊行されている。中国でもことあるごとに漢代の古典を基準にしている。ここで冒頭の私の疑問は堂々巡りになってしまう。次々に新事実を入れて実学として発展してきたはずの漢方であるが、いつも古典が基準にあって、教祖の言行録のような立場に置いて、古い書物を有り難がっているのではないか。
サイエンスは、過去文献を含め正しいもの間違っているものを正確に論証し、取捨選択を繰り返して発展するもの、とすれば漢方は一体サイエンスの揺籃期ぐらいには少なくとも到達していたと言えるかどうか。残念ながらこの質問には答えてもらえなかった。少し話を具体化して、それでは漢代のテキストブックに掲載された365種の生薬は現在に至るまでにいかに取捨選択されたかと問うたが、生薬の証明は難しいとのことで、はぐらかされたと言う印象であった。確かに私の質問の内容は、専門家であればあるほど答えにくい性質のものであることは分かるが、多分誰でも素朴に抱く疑問であろうから、大衆相手に講演されるほどの人には、ご自身の意見として常に持っていてほしいと思った。

('98/12/13)