曾太郎、青児、県展、高校展


表題はこの秋に私が見た美術展の数々である。曾太郎は安井曾太郎、青児は東郷青児でいずれも千葉そごう美術館、県展と高校美術展は千葉県立美術館で見た。高校美術展のとき常設収蔵作品展「浜口陽三・深沢幸雄の世界」も合わせ見た。
大胆に詳細を省き太く中間色で仕上げた洋画というのが今までの曾太郎に対する印象で、それは今回の展覧会でも少しも変わらなかった。然しそんな画風に昇華して行くまでは、どの画家でもそうであろうが、いろいろの試行錯誤がある。一人の作家の暦年の作品をつないで見るとつくづくそう思う。だが、時代の大きな波は完成された大家の作品にも伺えるものだ。曾太郎が範を求めたのはミレーとかセザンヌだったようだが、ありのままにだが枝葉末節を省いた印象を線太に描く姿勢は印象画派そのものである。歴史画のような思想性は全く感じられない。だから彼の絵は無心に眺めたときの美しさだけが価値なのである。
正直なところ、私は曾太郎の絵に、世間が評判するほどには感興を覚えない。非凡だろうが名画とは言えない。代表作と言われている「金蓉」はさすがに立派で、暗色の支那服婦人の魅力が溢れている。よく見ると絵の具のひび割れが、藍系統だったか、ある種の色に出ていて残念であった。曾太郎の腕の確かさはデッサンに出ている。今はもうお目にかかれぬドサ回りと思われる芸人男女の大きなデッサンがある。着物の着崩しよう、一癖ありげな中年の容貌など私の想像をかき立ててくれる。
映画やテレビの時代劇に出てくる着物姿は本当よりはずっと格好良く美しく派手である。むかしの写真に出てくる庶民の着物は、実用的というか貧しいというか生活に精一杯というか草臥れて継ぎ接ぎだらけで着崩れていて、それを俯き加減に背を折って歩くものだから、時代劇のファッションショーのような画面からは想像できない惨めさを滲ませている。江戸末期に日本に来た外国人の撮った風俗写真が江戸東京博物館にあったように思う。テレビドラマ「徳川慶喜」にもその種の何葉かが出ているのではないか。私が一番感じたのは、対象の時代はずっと下るが、愛媛県松山市で見た戦前までの昔写真展であった。そう言う雰囲気を曾太郎のデッサンが見せてくれる。
東郷青児の美人画には独特の雰囲気がある。抽象画でも彼の絵は好ましい。中間色主体だが、曾太郎と違って色よりも明暗に主眼があるように見える。今はもうそんなことを言う評論家はいないだろうが、私はやっぱり彼の絵はいったい美術に入るのかと思ってしまう。京都朝日会館というビルがあって、その外壁面一杯の大壁画を彼が描いたことがある。その印象が強いのか、絵の具の滑らかでフラットな仕上がりが連想させるのか、私はどうしても彼の絵をペンキ看板の延長に思ってしまう。劇場の緞帳であったり、天井画であったりしてよいと思う、まあ商業絵画と芸術絵画の境を行くこだわらない絵なのである。修業時代にはピカソとの交流があったとか、彼も時代を背負っている。
県展と高校美術展を見て、プロとアマの差を考える。一番この差を感じるのは日本画である。次が洋画彫刻の順か。書道は上手下手が分からぬから何とも言えぬが、展覧会に出すほどの書はどれも見事である。同じように陶芸、金工、木工、織物、染色などのいわゆる工芸作品にはプロ顔負けの作品があって、一番見応えのある展示場である。そもそも一般家庭に始終使っている品ばかりだから、当方も目が肥えているし、作る方も造形の基礎が分かっているのだろう。昔は書もその一つだったろうが、今は愛好家だけの分野になった。
一つ気付いたことがある。高校美術展に人をモデルにしたデッサンとか絵とか彫刻とかがぐっと減ってしまったことである。生きた実物を見ながら作ったのではない作品はいっぱいあった。戯画漫画も含めていわゆるバーチャルな世界から持ってきた作品たちである。夢の多い世代の健康で正直な表現と捉えるべき面もある。然し人との繋がりを浅く表面的に留めたい、深い付き合いを拒絶する現代的交友関係の現れとも言える。何か気になる傾向だったと付け加えておく。

('98/11/29)