佐倉秋祭りU


その日もなぜかJRで佐倉に来てしまった。二回目の秋祭りである。正確に2時から始まった。実はその前日10/10土曜日に歴博に久しぶりに講演聴講に出かけたら、お囃子が聞こえ秋祭りを知ったのである。少し早かったので、博物館の麓に降りてみた。博物館は昔の佐倉城祉にある。田町と言ったかそこの屋台は出動準備中であった。氏神は佐倉秋祭りのご本尊の鎮座まします麻賀多神社ではないのだが、今は一緒にお祭りをすると古老が言った。氏神は小さな形ばかりのお社で、名前は忘れてしまった。
坂道を上り武家屋敷の雰囲気を残すあたりをお宮に向かって歩くと、JR側と京成側を結ぶメインロードで最初の屋台に出会った。三叉路を中心部に向かって方向を変えるところであった。屋台を回転させ気勢を上げる。この屋台は宮小路町のそれで、昨年来私にはお馴染みの幇間まがいのおじさん二人がやっぱり曳き子に加わっている。派手な衣装で扇子型の耳飾りをつけ色傘を手に持っているところは去年と同じ。まだ手踊りを始めるほどには盛り上がっていないので、まっすぐ東に進む。
昨年より早く着いたためか今年はたくさんの御神輿にお目にかかれた。しかし1時間も経つともう屋台一色になった。東行するもの西行するもの脇から入ってくるものと町ごとの競演が始まる。狭い道を行き交うのだが、運行係は慣れたものである。それでも電信柱や突き出た看板に電線などはしょっちゅう障害になって苦労している。お馴染みの掛け声とお囃子で町中騒然とする。掛け声に入るアドリブは町の名が多いようであった。屋台のコンテストがあったらしく麗々しく賞の名が掲げられたのがある。野狐台と書いて、ヤッコダイというのだそうな。この賞を取った町の屋台は一際威勢が良くて、あっちやこっちで屋台をものすごいスピードで回転させては気勢を上げる。野狐台町は中心から1km以上のところで、開拓が始まった頃は狐の住処だったのだろう。この佐倉でも歴史が分かる地名があちこちに残っている。
引き返して三叉路の近くに来たとき丁度そこの町の屋台を引き出すところだった。三分の二ほどの曳き子が信金のマークの入った法被姿である。屋台の組立場所の横に信金の建物があって、そこのおえらさんだろう、挨拶を受けているし、例の手踊りが彼に向かって半円を作っている。この屋台は中心に向かわずにお城の堀に向かって移動を始めた。昨年はそっちには寄らなかったので今回はこの屋台の追っかけをすることとした。
お囃子が急に静かな調子に変わった。病院を気遣っているそうである。産院が確かに一軒あった。市役所前で一服。ここからは大丈夫かと思うほどの急坂(下り)である。完全に町はずれの住宅街になると軒並みに婆さんが立っている。みんな寄付人らしく、信金マークが大勢よって婆さんの前で手踊りを披瀝している。えらく愛想のいい婆さんもおれば始終むっつりの婆さんもいる。年を取れば両極端に向かうとは本当だと思った。
去年と同じく京成佐倉駅に立ったときはもう日が暮れて小1時間も過ぎた頃であった。



佐倉秋祭り−ひょっとこの踊り('98/10/11)


('98/10/27)('99/02/01写真追加)