
- 築後20年をとっくに越したので思い切ってリハウスした。近頃は経師屋が得意先に来て襖の張り替えをやるなんてな事はやらんらしい。店に持ち帰って仕上がったら運び込むという算段である。だいたい一軒あたりの襖数が少なくなったし、小形トラック一台あれば運搬は楽々OKだから、持ち帰って纏めてやった方がはるかに効率的だろう。大八車でエンエン云いながら運んだ時代は過ぎたのである。畳屋も同じだった。
- 大工はなんと云っても最後の現場合わせがあるから、出来上がりの材料は持ち込むものの、結構我が家に長い間張り付いていた。女房は弁当時のお茶、中休みの時のお菓子と結構気を配っていた。彼が休憩の時には、取り留めのない下世話話を交わしながら、出来上がり具合をチェックしている。大工は一徹者のようだったが、仕事はしっかりしていた。晩には彼の家の内輪話を断片的に何とはなしに皆が家内から聞いた。
- こんな世間話はらちもない。やってくる職人たちと我が家は、彼らが初めての人であろうとなかろうと、また長く張り付こうがが短かかろうが、親から受け継いだスタイルそのものでつき合っている。職人は何なりと当たり障りのない話題を持ってくる。だが、こんな当たり前が当たり前でなくなりつつある。何でもない付き合いすら満足にやりにくい時代である。
- 特に若い人たちには、付き合い偏食型というか、出来るだけクローンに近い仲間と小さく小さく人の輪を作って「異文化」を受け付けない風潮がある。現役の頃「悪は悪同士、互いに傷を舐め合って生きている」と言った先生がいたが、その言葉は忘れられない。親友ともなればクローン的であるのは昔からだが、今は友達の裾野を自ら狭くする傾向がある。
- 「自分の勝手だからいいでしょ」だが、社会にアンテナを持たぬはみ出し人を極力抑えるには、裾野の拡大に力を貸す努力を、今は社会全体で心懸けねばならぬ時代になっていると思う。とはいうものの先生だって影響力の薄まった時代に誰がやれるのか。矢っ張り最後の砦は家庭であり親なんである。と言っても別に付き合い法のしかめっ面しいお説教をやれと云うのでなく、たとえば家に来る職人たちとの付き合いといった日常の手本でよいのである。
- 昔、大八車が川に落輪したとき助けてくれた人に私の親はずぶ濡れのまますぐに礼に出かけた。私は親とも反発しあう難しい年頃に差しかかっていたが、形の前に心というこの記憶は「付き合い方」の一つの教訓として鮮明である。気にいらんと直ぐ「生んでくれと云った覚えはない」なんて減らず口をたたく、「子供は養われる権利がある」なんて入れ知恵されたとおりの主張をする。だが、自我が出る頃になると子供も将来をどう生きるか頭を痛め始めている。一つでも二つでも将来の糧になるような実演を親は心掛けたいものである。
('98/10/19)