鬼平の住まい


鬼平こと長谷川平蔵は18世紀後半に火付け盗賊改め方として活躍した実在の人物である。私の百科事典にチャンと乗っているから相当な有名人である。ただこの百科事典の初版は昭和63年で、鬼平犯科帳の連載が始まったのが昭和43年だから、もうとっくに鬼平は「現代」で評判を取っていた?影響かもしれない。もっと古い百科事典を調べてみれば判ることだが、出不精でまだ果たせないでいる。
文庫本にして20幾冊かの長い物語である。長編を除くと内20冊ぐらいが読み切り短編集である。読み切りでも同じ主人公だから、前後に軽い連続性があるのは同種類の捕物帖に共通である。捕物帖は人物の動きが激しい。江戸中を捕り手と盗賊が往き来する。だから当時の地理を知らないと興味が半減する。私は「御宿かわせみ」の時に買った江戸切絵図を頼りにしている。「御宿かわせみ」はこの地図が作られた時代とほぼ同じ頃の物語であるから、武家屋敷に関する限り屋敷の主まで一致する場合が多くて、いい参考地図になった。だが「鬼平犯科帳」はそれより半世紀以上以前である。矢っ張り多少は食い違う。
旗本御家人と言ったところが違う。全てが固定された安定社会のはずだが、役就任辞職や加増減給による住居の配置換え、取り潰しなどによる変動は結構あったのだろう。作者がわざと名を変えているのかもしれぬ。大大名屋敷、社寺仏閣は変わらぬものの代表である。小さな20坪ほどのお稲荷さんさえ変わらずに出ている。今と比較すると明治維新でお寺はだいぶ消えたが、このお稲荷さんは大抵が残ったと見えて、歩いてみると、おかしな場所に押し込められた姿であってもともかくその場所にある。民間信仰の力は大したものである。
鬼平には私宅と役宅があるのだが、その位置がはっきりしない。前者が目白台で、後者が清水御門外とまでは出ている。組屋敷が四谷で、この方はもっと判らない。文庫本の5-6冊を読んだ頃に気が付き以来注意しているが、まだ明確に指し示した文に行き当たらない。鬼平がしょっちゅう立ち寄る茶屋、舟宿、そば屋−これらは大抵鬼平の下で働く密偵(いぬ)の隠れ蓑であるが−などは正確に場所が記されているのに、ご本人の住まいは判らないのである。この次には書いてある、この次にあると誘われているのかもしれん。私はたいがい辛抱強い方だが、半分まで来たら立ち止まってそれに集中して読み返してみようと思う。
TVドラマの鬼平・中村吉右衛門は立派な役者だ。今年の春から最終シリースというのが始まって、じっくり見させて貰った。以前の作品も時折の傑作選で見せて貰った。時代劇であれほどやれる俳優は今の日本には他に居らないだろう。NHK金曜時代劇「新・腕におぼえあり」の主役をやる侍三人などお粗末で見ておれん。やっているのは侍ではなくて、町人である。武士はくわねど高楊枝の気位などみじんも感じないし、及び腰で剣を振り回す姿は見せ物風である。それでいて道場を開く剣の達人に設定されているので全く見ちゃおれん。
野川由美子が「鯉肝のお里」をやった日があった。丁度第10巻にその原作短編が入っていて、昨夜それを読み終わった。ビデオをもう一度見た。鯉の肝は、間違えて調理の最中に潰しでもすると、料理はどうにもこうにも成らない味に落ちてしまうそうな。原作は火盗改め側の探索を中心に書かれているから、お里の行動は、周囲の視野に入った断片的な証言にしか現れない。彼女の心の襞なぞ何も書いてない。TVドラマでは客演の彼女のためにであろう、お里の話をずいぶん膨らませて脚色してあった。彼女の遠島が決まって、鬼平が牢屋に彼女を訪ねるあたりからあとは全くの創作である。元盗賊で義父になる年老いた煙管職人が、火盗改めから逃げようとせずに遠島からの帰りを待つらしい様子を、そっと鬼平がお里に告げて行くあたりには手慣れた脚色者だと感心させられた。

('98/10/12)