うなぎモデル


私の専門用語の中に蛇モデルというのがある。英語ではreptation(爬行) modelであるから、蛇モデルで別に可笑しくない。しかし今度の講演で私はそれをうなぎモデルと云った。最近はもう山野を跋扈?する事はなくなったが、中年の頃までは結構歩く方だった。その私でさえ最後に蛇を見たのは10年昔なのである。だから蛇モデルといってもしっかりしたイメージは若い人たちには浮かばないだろうと思ったからである。「IMFも世銀ももう時代遅れ」と云われるようになったほど時代は早いから、専門語も衣替えせねばならぬと云う紹介で「うなぎ」を出した。
講演の場所は日本化学会館講堂である。毎年開かれるセミナーの1講師に招かれたわけである。昨年はパネラーだったので知っているが、今年は聴衆の集まりが悪かった。昨年は前列も埋まっていたのに今年は前3列ほど開いていた。それでも毎年の8割ぐらいは入ったのではなかろうか。主催の幹事役は、丸二日のスケジュールでは、宿泊を伴う出張者が増えるから、不景気の時は一日の方がよいのではないかと言っていた。
私の講演の評判は芳しくなかったようだ。ゴム混練という実学に統計力学をはめ込んだために、用語その他馴染み難い内容であったようだ。しかしこれは私としては覚悟の上であった。学際的領域ではどの話でも、その領域の幅を少しでも広げようとすると、私のような立場になる。ゴム混練は機械、化学工学、レオロジー、高分子科学、無機化学、分析化学等々あらゆる工学理学がおつき合いする学際の典型である。ただ今までに統計力学まではお呼びでなかったからちょっぴり違和感があったのに過ぎない。
行き詰まったらよその分野から知恵を借りる。学際的領域の研究者が使う常套手段である。異質の研究者を飲み込んでその分野は発展するのである。以前に所属していた原子力学会も矢っ張り学際的工学領域を含んでいた。放射能が飛び交う点だけが違う世界を各種の専門で切るのである。私らが手を染めたのは分析化学であったが、放射能があるだけで設備的障害は大きく、実用域に到達するのは大変であった。
育ちも違えば専門も違う人たちが集まる学会はそれなりに参考になる。科学として確立した分野の学会は隙のない発表ばかりで、ついつい自分のレベルが気になって質問もしにくいが、学際の学会では隙を作らない方が希で、深くはないだろうが色んな角度から活発に批判を浴びる。攻撃的に前向きになれると云う意味でも我が国にとって有益なのはこの手の学会かなとも思う。
「なっとくする統計力学」という本を買う。大学3年生あたりの副読本と書いてあった。書き出しは博打に馬券、宝くじ、生命保険など確率の説明から始めている。分かり易い説明に今は名誉教授の著者は現役時代に心血を注いだのであろう。くどくて直ぐ飽きそうだが、分かり易い説明への反省で、ともかく読み進めようと思う。

('98/10/02)