向田邦子集


店頭で、もうすぐ木槿(むくげ)忌「向田邦子ふたたび」フェア と書かれた帯のある文庫本数冊を見た。木槿忌とは聞き慣れぬ言葉だと立ち読みすると、昭和56年に亡くなられていることが判ったので、17回忌のことらしいと思った。しかし、三回忌と言えば、翌々年つまり死後満二年目だから、その論理でゆけば18回忌のはずである。だが法事を執り行う年忌は7,13,17,23回と決まっていて、特別の呼び名が18回にあるはずがない。
諏訪大社の祭が7年に一回と言っても、実際は6年に一度である。数え年と同じ数え方をするからだ。一回忌はしかし翌年だし、習慣で基準が移動するから忙しい我々現代人には一向に頭に入らない。仏壇のある長男の家を見ると、結局お坊さんの言いなりに仏事をやっている。葬式仏教までもが敬遠され始めている一つの理由ではないか。NHKスペシアル「ブッダ・大いなる旅路No.5」では中国にブッダが復活している事情を映し出していた。我が国は元々仏教国である。仏教復活の素地が十二分にある。特に経済不安が囁かれる今日の日本ではそうだろう。分かり易い開かれた仏教へ動かないと新興宗教と称する亜流を次々に生み出すことになる。
短編「父の詫び状」は作者の少女時代から東京遊学の頃までの実家の話のようであった。作者の父は保険会社の地方支店長をしていて、家には来客が絶えなかった。彼らの接待と後始末にまつわるエピソードである。口では言えぬ思いを遊学先への手紙に、わずか10字ながら朱線付きで書き送ってきた父への深い想いが、淡々と書かれていて印象に残った。
これも短編の「わが拾遺集」に文屋の巣になっている飲み屋での出来事が出ていた。そこの汲み取り式便所に月給袋、原稿料の袋の入ったバッグを落とす。それを見知らぬ飲み客たちが引き上げてくれる。戦後の混乱期の話である。人情豊かな時代だった。今は全部水洗式だからそんな事件は起こらないだろうが、仮に似た事件があったとしたら周囲はどんな反応を示すだろう。
「あ・うん」を読んだ。水田仙吉、たみ、18になるさと子と寝台戦友の門倉の4人を中心に展開する家庭劇である。話は水田一家が転勤で東京に引っ越してくるところから、さと子の恋人が出征するところまでの物語で、時代は支那事変付近である。TVドラマにもなり、映画にもなった。原作ではさと子の見合い相手と恋人は違っているが、映像化したときには同一人物になっていた。映画では確かさと子の祖父初太郎の話はカットされていた。その他多少のmodificationはあるものの原作に忠実に映像化していることが判った。
私はこの作者よりやや若いが、同じ時代を生きてきた一人である。だからであろう、作者の取り上げる何でもない人間関係が素直に受け止められるのである。寝台戦友と言う言葉は知らなかったが、親密を通り越したほどのつきあいが「門倉さんを入れて4人の家族」という別の表現で出てくる。その裏にたみへの門倉の恋慕があるが、さと子を含めて皆それに気付きながら誰も口にしないし、一線を越える雰囲気は全然ない。そんな社会だったなあと今は昔となった自制の効いた日本を懐かしく振り返った。
この文庫本の最後のページに、差別語があるかもしれないが・・・と断りを入れていた。出版社の自己防衛である。姑の嫁いびりのように、重箱の隅の埃を見つけては作品の価値を傷つける「揚げ足取り」族が横行するらしい。実質の差別はもちろん反対だが、差別語は言葉や表現を豊かにすると言う意味で排除してはならない。

('98/09/16)