成田祇園祭


なぜか祇園祭である。祇園社つまり八坂神社とは、祭神その他で縁があるようには思えないが、なぜか祇園祭である。その点佐原の祇園祭は土地の八坂神社の祭礼だから由緒正しいのであろう。祇園祭は他にも多いが、例えば博多山笠はどんな起源なのであろう。
町内ごとに山車や屋台があり大人の男女が綱を曳く。そう大きくはない江戸風の車には10数人がぎっしり乗っている。屋根上の2-3人が曳行係りで、残りはお囃子方である。笛が多い車で7本、鉦が一つ、小鼓2-4と太鼓1、それから杖鼓とでも云うべきか、ばちで小鼓を打つ打楽器が使われる車もあった。聞いてみたが、聞き慣れぬ名前なので忘れてしまった。山車の人形は町中を行くときは背をかがめている。どうしようもないほどに通りに電線が張り巡らされているので、高さ制限を受けるのである。よく見ると山車の中ほどがせり上がり構造になっていて、新勝寺境内での総引きなどでは元の姿に戻せるようになっている。
山車や屋台の行列の前を、巡礼姿の少女の一団が、錫杖をシャンシャンと鳴らしながら歩く。多いところは10数人いるが、少ないところは一人で、全くいない車もあった。少女たちは色とりどりに着飾り背に花笠を掛けている。曳き子たちはそろいの紺系の法被で割と地味であるが、それでも女は頭の飾り、腰の巾着、扇子などに工夫をしている。曳き子はところどころで手踊りを披露する。山車や屋台の後ろに総代風の何人かが布袋を下げて歩いている。萌葱色の羽織袴である。袴が両足に分かれて足首まで伸びている。ちょっと珍しい型である。場所場所で馴染みからご祝儀をいただきながら歩く。通り筋の店は数軒に一軒は祝儀を持ってくる。この布袋のおじさんに聞くと、手踊りを見せる場所はだいたい寄付をくれたところだという。だが、礼装で店主が出てきて踊りに挨拶したところはなかった。佐倉の秋祭りではそんな風景があったように記憶する。
ここの参加企業はJRであった。仲之町の山車を緑のJR東日本と染め抜いた法被で曳いていた。私の前では踊らなかったが、坂の走り引きを見せてくれた。新勝寺表参道前の坂を2度3度と掛け声と共に坂上に向かって引き走るのである。見ているだけで汗が出たが、不景気の中で元気印の青年を見るのはいいものだ。
観光会館があって成田詣での歴史と日本武尊を飾った山車を展示をしていた。他に過去の祇園祭の写真展があった。あちこちに町内の接待所があったが、諏訪の御柱祭のように誰でもと言うのではなさそうだった。造り酒屋も二軒あったが、ただ酒を振る舞っているようではなかった。佐原では振舞酒の風習が守られていたが、成田はさすがに都心に近いからなのであろう。

('98/07/09)