恐竜研究の未来
- デイヴィッド・ホーン:「恐竜研究の未来~化石から見えること、見えないこと」、野口正雄訳、原書房(2025)を読む。
- 読むことにしたきっかけは3つある。1つ目は、もう30年近い昔になるが、茨城県自然博物館を見学したとき見た恐竜の皮膚である。日記には、「(展示の)中型恐竜化石には皮が部分的に付いていた。恐竜の化石はあちこちで見たが、この皮の化石は全く始めてである。恐竜の想像図や模型の皮膚は、爬虫類の祖先と云うことで、今のトカゲあたりから想定したのかと思っていたが、化石で残っていたとは知らなかった。」と記している。恐竜をその頃は今の爬虫類のご先祖だと思っていた。2つ目は「NHKスペシャル 恐竜超世界3 化石の“常識”を覆せ!」で紹介された岡山理科大の、恐竜化石(6600万年前)からコラーゲンが取り出され、そのアミノ酸配列が断片的部分的ながら検出できたという話だ。普通はコンタミだと一笑に付すのだが、今回はそうは言い切れないなにかが残っていた。3つ目は、近頃のTV科学番組でよく見るようになった恐竜の、色彩豊かな外容である。
- 鳥類が恐竜の末裔だとはもう常識になっている。インターネットで「恐竜の進化系統樹」を検索すると、いろいろ出てくるが、理化学研究所のプレスリリース('13/4/29)に、「ゲノム解読から明らかになったカメの進化-カメはトカゲに近い動物ではなく、ワニ・トリ・恐竜の親戚だった-」があり、鳥類・恐竜は主竜類時代のベルム紀中期にトカゲと、ベルム紀後期にカメと、三畳紀前期にワニと別れてきたとある。我らの哺乳類先祖は石炭紀中期に彼らの先祖から別れている。
- 本書ではベルム紀末、三畳紀末の大量絶滅事件と重ねて、種の生存死滅の区分を考えている。本来の意味での恐竜類の世界支配は、三畳紀末絶滅事件以来であるという。鳥類の先祖に始祖鳥の化石があることは有名だ。始祖鳥は肉食二足歩行の獣脚類。巨大さと樽状の胴体についた長い首と尾で有名な竜脚形類は四足歩行。植物食性の鳥盤類。恐竜分類の混乱という項が絶滅種の分類の困難性を物語る。遺伝学的データははじめから諦められいる。原著は'22年だ。岡山理科大の化石のDNA分析の可能性は、著者の耳には入っていなかっただろう。
- 第10章「外被」。外被とは歯や嘴や皮膚や爪を指す。
- 歯と嘴は化石にばっちり残っていよう。でも直系の鳥類は嘴なのに、一番最近(といっても絶滅イベントの1.8億年前)にお別れしたワニと同じく、恐竜には歯がある。おまけにこれはハッキリ恐竜・獣脚類の仲間である始祖鳥には歯がある。獣脚類の中には植物食に転向したヤツがいて、そいつは奇妙にも幼体には歯があるが、あとになって嘴になると言うややこしい記述がある。歯と嘴は環境のニーズに割と応えやすく出来ているのだろうか。鳥類は獣脚類という肉食系出身のはずだが、スズメのように植物種子専門にいつの間にか転向したヤツがいる。翼竜がそうでないのと同様、始祖鳥も鳥類の直系のご先祖と言えないのではないかと言う疑いには本書は答えていない。始祖鳥からしばらくは子孫に歯がついているそうだ。Copilot君に聞いてみた。
- 「現生鳥類が歯を失ったのは、進化の過程で歯を作る遺伝子が不活性化されたためで、これは「孵化期間を短縮し、軽量化して飛行に適応する」ためだったと考えられています。」軽量化は判るが、孵化期間短縮とは? 「歯の形成は時間がかかり、胚発生の期間を延ばす要因になります。鳥類は卵を外界にさらして孵化させるため、孵化までの時間が短いほど捕食者に襲われるリスクが減る。歯を失うことで、胚の発生が早まり、卵から早く雛が出てくる=繁殖成功率が高まると考えられています。」という。
- 恐竜の皮膚は随分と出土しているそうだ。鰐皮風に鱗がぎっしり身体を覆っていたか。ケラチンが主要成分だから爪や背中の鋸歯状突起も同根だろう。ちょっと頭をひねるのは羽毛。直近の獣脚類先祖には、羽毛や羽毛に似た繊維を皮膚に備えているものが多い。羽毛の構造は現生鳥類と似ているものがある。羽毛は高度に変形した鱗である可能性が、鰐のアリーゲーターの胚の鱗の成長とか、ひな鳥の羽毛の成長とかの操作による発生学的研究で明らかにされつつあるという。上段記載の鳥類が歯を失う過程も、あるいは発生学的に証明できるものかも知れないと思わされる。
- 第11章は「外見」。
- 骨格の化石が外見の大枠を決めてくれる。骨格化石は豊富だ。でも色模様濃淡などになるととたんにデータが減ってしまう。模様と色について研究の対象になった恐竜はわずか6種という。それも小型の羽毛恐竜に限られる。「ジェラシック・パーク」は映画界の創作で、学会が作れる恐竜の森は、モノトーンの彫刻が動く世界に、たった6体の下手なペンキ屋が色を塗ったヤツがいるといったところらしい。驚きはしない。もともと生体の色素は有機化合物だから、何千万年何億年経過すればなくなってしまうはず。よく6種類も判ったなと感心した。種明かしは以下の通り。
- メラノソームが皮膚や羽毛と共に発見された。メラニン色素を合成・蓄積する細胞内小器官である。メラニン色素にはユーメラニン(黒〜茶色)フェオメラニン(赤〜黄褐色)がある。そのどちらかあるいは混色濃淡で各様の発色をする。Copilot君によると、爬虫類には魚類・両生類からほかにキサントフォア(黄色)、エリトロフォア(赤)、イリドフォア(光反射)など多様な色素細胞も伝えられ、例えばカメレオンのように鮮やかに環境の色に変化できるものまでいる。しかし現生鳥類にはメラノソームだけだ。キサントフォア、エリトロフォア、イリドフォアは存在が発見されにくいのか、それとも獣脚類まで進化した段階で、この3色素細胞は伝わらなかったのか不明だ。ジュラシック・パークの恐竜たちの豊かな色彩は全く非科学的だとは言えない。
- '25年のイグ・ノーベル賞の「生物学賞」は話題になった。牛の体を塗料でシマウマのような模様にすることで、ハエやアブなど牛の血を吸う虫が寄りつきにくくなることを実験で確認した研究に贈られた。農業・食品産業技術総合研究機構の兒嶋朋貴研究員らが、京都大と共同で2017年から2018年にかけて行った。今年ノーベル賞2人を関係者から出した京都大がイグ・ノーベル賞にも繋がっていたとは、よほどこの大学の今年はノーベルと縁があったのだろう。驚いたことに本書の「体色の機能」という項に、内容的にごく似た記事が入っている。
- 第12章「生殖」、第13章「行動」。
- 卵が輪状に何層にも重ねて並べられた恐竜の巣が発掘されている。営巣現場から巣の中に孵化時の大きさよりはるかに大きい幼体がでている。育児体制のある恐竜がいたのだ。コロニーを作っていたと判断できるケースもある。社会性を暗示する同じ方向を向いた多数の足跡、大きな巣の集まりなどがある。幼体を複数連れ歩いている、それに亜成体もついている、そんな集団が発見されている。
- 第15章「恐竜の子孫たち」。
- 翼竜は気になる存在だ。三畳紀に始まり白亜紀末期の6600万年前に絶滅イベントで死滅した。翼竜は飛翔恐竜で、進歩型は動力飛翔であったろう。始祖鳥はジュラ紀後期だが、鳥類はジュラ紀中期のどこかの時点で分岐しているので、文字通りの始祖ではない。鳥類と翼竜は1億年にわたって共存したが、絶滅イベントで生き残ったのは鳥類だった。共存とは書いたが、翼竜は絶滅イベントに近づく以前から多様性を大きく低下させて、住み分けあるいは競争でなにかのハンディを抱えていたのかとも推測できる。現代の鳥類に近い存在は、絶滅イベントに非常に近い時期に発見されている。
('25/11/26)