甲子正宗


甲子正宗とは千葉酒々井の酒である。南酒々井駅から歩いて10分ぐらいのところに醸造所がある。新潟からまがり家を移築して、ちょっとした藁の博物館にしているというので行ってみた。
口篭(くちご)と言う馬の口を塞ぐ網があった。農作業に馬を連れ出すのはいいが、農作物特に稲穂を馬が食べるのを防ぐのが目的という。藁に馬草の飼葉よりは実った稲穂はなんぼか美味しかろうに殺生なことをする。だが百姓にすれば死活の問題だからやむを得ない。馬に運ばす大きな魚籠と並んでいた。バランスさせるように一対になっている。天秤を担ぐように木棒を背に渡してその両端に魚籠を付ける。珍しかった。福島の農家で使ったという。
甑(こしき)のパッキンが藁で作られた時代があるらしい。釜と蒸し米を入れる蒸籠(せいろ)の間の蒸気漏れを防ぐために、釜の縁に沿ってパッキンを挟み込むのであるが、よく見ると、釜の厚手の鉄壁縁に当たる部分だけ凹んでいて、うまく大きな釜にパッキンがはまる構造になっている。藁作りだから蒸気は少しは漏れるだろうが、大した知恵だ。これはその造酒屋飯沼本家で使っていたものという。
長野五輪開会式典の模擬御柱祭に使った曳き綱がそこにあったのは予想外だった。280本の藁綱を編んで曳き綱にしたという。御柱祭のパンフレットまであるので関係を聞いたら、見学者が置いていったと云った。蓼科高原のパンフレットもあって、何かちぐはぐである。
さて試飲してみる。まがり家と粋一撰。どちらもこの酒屋の最上級品である。辛口だが酸味は感じない。千葉の酒は酸味が強すぎるといつか書いたことがあるが、ここのはいい酒である。酒々井と云うからたくさん造酒屋があると思うが、私の知っている酒々井の酒屋はここだけである。井戸水を使うと言った。そこで周囲を少し散歩してみた。民家が数軒と曹洞宗の小寺が一つ建っているだけの本当に田舎の風景である。狭い道に酒界と打った金属標識がたくさん酒蔵側に張り付けてある。酒界より内側は里山である。反対側は落花生他の畑地。道を奥にたどりお寺あたりになると林になった。
佐倉駅からは単線になる。南酒々井駅あたりは千葉では珍しくなった田園風景である。私が何十年も昔、内房の海岸の埋め立て地造成が行われていた頃に、東千葉駅以北に感じた雰囲気がそこにあった。散歩にお勧めできる。無人駅でそれでも数人が降りた。殆どが高校生のようだった。切符は車掌が取るのかと思ったら、駅の箱に自由裁量で放り込むことになっていた。これじゃ電車賃は取れないと内心思う。ともかく福岡で670万円を歩道橋から飛ばしたら、80万円しか帰ってこなかった時代である。臨検などの手を打っているのかしら。JRのために気を揉む。いつか山梨のサントリーのワイナリーを訪れたときの駅も無人だった。飛び乗ったせいで切符がなかったのでまごまごしていたら、おじさんが10円入れとけばよいと言って行き過ぎた。無人駅の道徳はこんなもんなのだろう。

('98/06/25)